続・中さんのメール通信

2007年12月 横浜にて撮影

1

「2005・年頭の挨拶」

2005.1.11
2
「W杯アジア地区最終予選」 2005.3.3
3
「現役の活動状況」 2005.5.5
4
「サッカーの解説者に想う」 2005.7.7
5
「現役の(菅平)夏合宿報告」 2005.8.8
6
「国体について」 2005.9.9
7
「学校スポーツの行方」 2005.11.11
8
「2006年の抱負」 2006.1.1
9
「高校サッカー」 2006.2.2
10
「ワークショップに参加して」 2006.3.3
11
「湘南高校サッカー部の方向性?」 2006.4.4
12
「シーズン開幕」 2006.5.5
13
「W杯ドイツ大会観戦記他」 2006.7.7
14
「夏の菅平合宿」 2006.9.9
15
「ひとりごと・・」 2006.11.11
16
「2007・新年を迎え」 2007.1.1
17
「全国高校選手権大会」 2007.2.2
18
「老人のスポーツ」 2007.3.3
19
「新年度を迎えて・・・」 2007.4.4
20
「日本サッカーの現状」 2007.5.5
21
「オシムのサッカー」 2007.7.7
22
「サッカーの指導書」 2007.8.8
23
「猛暑・酷暑」 2007.9.9
24
「時の流れ・1」 2007.10.10
25
「時の流れ・2」 2007.11.11
26
「時の流れ・3」 2007.12.12
27
「年頭の挨拶」 2008.1.1
28
「サッカーの勝敗」 2008.2.2
29
「岡田ジャパンのスタート」 2008.3.3
30
「清水先生を送る」 2008.4.4
31
「2008年スペイン遠征報告」 2008.5.5
32 「近況報告」 2008.6.6
33 「本当にサッカーは面白い」 2008.7.7
34 「冬の高校選手権大会一次予選」 2008.8.8

「続中メール・NO34」

「冬の高校選手権大会一次予選」         2008・8・8

  8が重なる記念すべき日(北京オリンピック開会式)に、夏休みに入って行われた、現役の正月の選手権大会一次予選の勝ちあがりを報告できて喜んでいる。私の記憶だとこの「中メール」を書き出した「2001年」に一次予選を勝ち上がって以来かもしれない。NO11号(7月26日)に「一次予選突破オメデトウ」と書かれてある。

 大会前の練習試合は対神奈川大学B5−2湘南、対産能大B4−2湘南、対サレジオ高校0−3湘南、対二宮高校1−4湘南、の試合でコンデションを整え予選に望んだ。幸い組み合わせにも恵まれ2回戦平塚学園2−0、3回戦津久井浜4−0、4回戦慶応藤沢2−1で勝利を収め9月に行われる二次予選に勝ち進む事ができた。新監督の小林先生・曽根先生の指導力に敬意を表したい。(組み合わせはHP高校サッカー通信に記載)

2次予選に勝ち上がったのが7年ぶりの様だ。本大会に駒を進めてから早20年になる。

ユーロで優勝したスペインが44年ぶりとか・・諸外国の捉え方は何十年ぶりでもおらがサッカーは、世界一だと自負して負けてもびくともしていない。イタリヤ、フランス、ドイツ、ロシアもトルコも然りである。私は湘南高校のサッカーは日本1だと思っている。

 「中さん・湘南が勝たなきゃ日本のサッカーは駄目だよ」と言われた「健さん」(長沼さん)が鬼籍に入られた。大好きな大先輩だった。個人的にもお世話になり、同時代の「元さん」(木村さん)「研さん」(芳賀さん)も亡くなられ。謹んでお悔やみ申し上げます(合掌)神奈川の先輩は「恪さん」(三村さん)だけになってしまった。寂しい事だ・大事にしよう。

 何年か前に茅ヶ崎で「健さん・恪さん」と話をした事がある。其の時「健さんが・サッカーは「武士」のスポーツ、即ち戦う11人の武士(さむらいが十一人と書く)、と言われたのを思い出した。クラマーの「大和魂」の話も懐かしく聞かされた。

 現在の日本サッカーで面白いのは高校サッカーだけだ。大学リーグ、Jリーグ、技術的に見るべきものは何も無い・・TVで世界のサッカーが観戦できるご時勢に、同じへたくそな日本のサッカーを見るのなら高校サッカーが一番面白い。へたなりに一生懸命・全力投球する姿が好きだ。だから正月の国立にあれだけの観衆が集まるのがうなずける。

 高円宮選手権、U18大会も結構だが、歴史の力は誰にも動かせない・・キャップテンと自認して学校スポーツを切り捨てた人がいたが、歴史を変えることは出来なかった。彼の功績は評価できるが・・「奢れるもの久しからず・・」そんな文句が聞こえてくる今日この頃である・・・次のプレジデントに期待しよう・・

「写真・予選現役メンバー慶応藤沢戦・試合前のスナップ写真」

「作品・鈴木中・フランス旅行」(生徒と別れ美しい田舎町・リヨンで・・・)

「作品・倉岡誠親・北欧旅行・スケッチ」

「続・中メールNO33」

「本当にサッカーは面白い」            08・7・7

ユーロ2008(ヨーロッパ選手権大会)を今年は全ての試合をTV観戦した。誰もが口をそろえて言う。何でこんなに面白いのか・・・ワールドカップも面白いけれど、また違った楽しさを味あえる事ができる・・一口では言い切れないが「歴史と伝統に培われた、サッカー文化」があり「お国柄」があるからだろう。

只サッカーの高度な技術にプラスされた国民性とか歴史と言っても解からない人が多いと思うが、高度な戦術の中に含まれる「ヒデング魔術」のような監督采配あり、過去の国と国の戦争に纏わる歴史があり、リーグ戦の戦い方と一発勝負のノックアウト方式のトーナメントの戦い方もある。南米やアフリカ・アジア等が入らないから面白いと言う見方もある。

予選リーグでの戦い方から、群を抜いていた、オランダが1?3ロシアに敗れ、クロアチア1?1トルコにPKで破れ、ポルトガルが2?3ドイツに破れ、イタリヤ0?0スペインはPKでスペインがベスト4に上がった。準決勝はトルコードイツ、ロシアースペインになった。これまた色々の意味で面白さ、興味深さがある歴史に残る試合になった。

 準決勝の結果はドイツ、スペイン、が勝ちあがり順当と言えばその通りだが、ドイツはトルコに3?2で実力を見せ付け、ミラクルターキーも此処までだった。スペインはロシアに3?0で完勝、パスで崩し、いなしてスルーパスからシュートの得点で、監督の采配も見事に当たり、魔術師ヒデングのロシアも完敗で散っていった。

 決勝戦は大変興味深く世界中が注目の1戦になった。したたかなドイツ、技とまとまりの出てきたスペインの一戦は予想通り見事な試合であった。勝負強さを見せ付けたドイツであったが、やはりサッカーは技術と戦術が勝負を決め、その上例年には無いまとまりを見せたスペインの優勝は、価値ある「賞賛に値する優勝」だったと言えるだろう。

 さて昨年DVDを紹介した「三村恪一さん」が今年出版した「守備力」と言う本を見ながら、ユーロを観戦して感じた事は、カンナバーロが居ない「イタリヤ」の敗北を見てこれだけ進歩した近代サッカーも最後は[GKを含めた守備力]が勝敗を決定しているように感じたのは私だけではないだろう。添付の「7月1日発売・守備力」をご覧下さい。

 3時半起床のWOWOWのTV観戦に合わせた6月の生活を元に戻すのは時間が掛かるかもしれないが、70歳を過ぎた爺が連日興奮して観る「サッカーの魅力」をどう説明してよいか判らない。只言えることは「サッカーと言うスポーツ」は「麻薬」のように犯されてしまうと辞められない魅力あるスポーツである事は確かである・・・以上
「守備力」スキージャーナル社・著者・三村恪一氏

鈴木中・作品・「サンテ、ティエンヌ駅」スペイン遠征の帰り生徒と別れてフランスで・・・

倉岡誠親・作品「2008・6月・北欧旅行・スケッチ」

「続中メール・NO32」

「近況報告」                2008・6・6

 今回は近況報告をしたい。先ず現役はインターハイ予選が5月3日からはじまった。1回戦対上鶴間高校は7-1で圧勝したが、雨の試合で一人怪我人が出た。2回戦対大津高校戦は先取点を取られながら、良く反撃し後半に逆転で2-1の辛勝であった。3年生の中心選手3名を欠きながら新2年生のメンバーでよくやったと言えるだろう。

 さて3回戦はシード校、対武相高校戦は期待をして見ていたが、予想通り押し込まれたが良く守り好試合であったが、1-2で勝負は取れなかった。敗因を挙げればきりがないが、やはり基本的な個人の能力差があったと見てよいだろう。又組み合わせに恵まれなかったことは、前回の関東予選の結果から致しなかったと言えるだろう。

若手OB諸氏が沢山応援に来られ、新顧問の「小林・曽根」先生と顔合わせも出来、久し振りの現役のサッカーを見て納得して帰られた方も居られたようである。怪我をした中心選手が回復しベストのメンバーで選手権予選に望んで欲しいと思っている。応援(榊原(旧姓阿部)48回・2年生の息子がFwで活躍中、澤田50回、吉田、中嶋、関48回、渡辺63回・・他父母10数名)

現役の親の代OB46〜49回生(54歳)が5月に茅ヶ崎で集まりを持った。呼ばれて参加したが皆さん、私の30歳台頃の教え子だが、この時代は「優勝・代表」等の結果は残っていないが、湘南でのサッカー生活の強い思い出や、生甲斐等は人一倍強く持っているように思えた。まだまだ身体も動く年齢なのでシニアの大会で頑張って蹴っている人も多いようだ。同時期の方は是非参加して欲しいとこの紙面を借りてお願いしたい。

春休みの「スペイン遠征について」色々の方の意見を聞いているが、今後の事については早急に方向性を出したいと思っている。勿論学校が主体的にやる事なので、全て学校に任せるが今までの経緯から、OB会の意見も出して検討して欲しいと思っている。今回の遠征で世話になったOB諸氏の意見も参考にして欲しい(写真・スペイン遠征に帯同したOB)

私は「歴史と伝統」と言う意味からも、ヨーロッパの100年を越える歴史に培われたサッカー文化に直接触れるだけでも、価値のある事業だと思うし、又学校間交流等も今後の課題として、湘南生には貴重な経験になると思っている。

只あくまでも「新顧問」の小林・曽根先生の考えを優先して欲しいと願っている。

このことは前にも少し触れたが「夏の合宿」「父母会のあり方」「OB会との関わり」等新しい「曽根・小林・先生」が一番動きやすい体制が大事で前向きに検討して欲しいと願っている。この時期「父母会も行われ・OB会も」あり、より良い方向で今後の活動計画を立てて欲しい。

既に私は過去の人間なので、あまり積極的に現役には係れないが、何らかの方法で前向きに接して行きたいと思っている。それはどんな方法が良いのか、目下思案中であるが期待してみて欲しいと思っている・・次回7月号には答えを出せると思う。

「写真・スペイン遠征・加納(43回)関(48回)・鈴木・バルセロナにて」

「写真・成田出発の時・篠塚・関・鈴木・清水先生」

「作品・スペイン・ビルバオ・が誇る巨大な(グッゲンハイム美術館)」

「作品・倉岡先生・新緑の広島宇品灯台」

「続中メールNO31」

「2008年スペイン遠征報告」          2008・5・5
48回卒 関 佳史

 3月26日(水)から4月6日(土)まで、10泊11日の湘南高校サッカー部、スペイン遠征に同行しました。3回目の今回は、諸事情により、学校主催の行事という位置付けとなり、公式の学校訪問が組み込まれます。また、旅行中に11年間務められた清水先生が二宮高校へ異動することが発表されるなど、あわただしい中の旅行でした。

 生徒39名に、学校からは清水先生、OB会からは鈴木中先生が団長、ドクターで加納さん(43回)が同行、関と篠塚コーチのほか現地で渋谷君が加わりました。このほか、この旅行をコーディネートする嶋貫さん(清水先生の同郷で、元読売クラブ)という強力な助っ人が
この企画の核心を創っています。そして、JTBからも1名添乗で参加。

 旅行は、4つの試合と各地の見学・観光で構成されおり、サッカーの試合での強化、サッカー文化の吸収のほかにも、初めて海外の文化に触れるという意味で充実した内容になっています。サッカーの試合だけやり、少しの買い物時間が与えられるというものではなく、テーマに添った、見学、学校訪問、フリータイムでの自分たちでの行動計画など、国際感覚を養う端緒としては、うらやましい限りのプログラムで、湘南高校の生徒だから、受け止めてこなせるレベルであると思います。

 今回、ベースとした宿はビルバオ近郊のプレンシアという町のスポーツ合宿施設です。プレンシアは、大西洋岸の海辺の入り江の奥で、丘に囲まれ、葉山のようなリゾート感覚ののんびりした町ですが、地下鉄でビルバオまで約40分と交通の便も悪くはありません。初戦は、このプレンシアの地元チームで、県リーグの1部です。この相手にはA、Bチームともあぶなげなく勝利しました。バー、300名程度の屋根つきスタンドの人口芝グランドで、子どもからお年寄りまで200名くらいの観戦の中での試合でした。日本では考えられない状況の中での試合で、地域に根付いたサッカー文化の深さを再認識しました。

 このあと、3月31日から、3日間で3試合を行いますが、こちらはハードな相手でした。今回初めて対戦するレアル・ソシエダ、毎回対戦しているアスレチック・ビルバオのユースの2チームは、スペインを6地区に分けた地域リーグに所属し、この年代では最高レベルです。

 昨年、レアル・ソシエダは、リーガ・エスパニョーラの2部に落ちましたが、ずっと1部におり、リバプールのシャビ・アロンソを輩出したチームです。バスクでは第2の都市・サンセバスチャンを本拠として、財政的に苦しいチームは、この地方でNO.1のA・ビルバオによい選手を持っていかれることの繰り返しだそうですが、練習施設はビルバオに劣らないものでした。ここのユースとは、雨で水を含んだ天然芝のグランドで0-6の負けでした。初めて当たる本当にハイレベルな相手で、大柄でプレーの幅の広い選手への対応が難しく、慣れない芝の状況もあり、厳しい試合となりました。

 翌日は、Aビルバオ戦。Aビルバオはバスク地方のシンボルとなるチーム。以前はバスク人しか入れず、1部から落ちたことがない強豪です。最近は、バスクで生まれれば、人種を問わず受け入れる方針となり、相手のユースには黒人選手もいました。

こちらは、ビルバオ空港そばのレサマという町の練習場でのゲーム。相手チームのレベルにも慣れ、人口芝のコンディションもよく、相当に対応ができるようになり、湘南チームは、内容としては相当に進歩していました。90分ゲームで、相手は3チーム用意し、30分ごとに交代するという変則マッチで、体力的にハンディがあり、結果としてスコアは0-7でした。

3連戦の最後となるのが、パルセロナの県リーグ1部所属のユニオン・エスポルティーバ・コルネリアというチーム。試合当日の朝5時、ビルバオを出発してバスで600km先のバルセロナに入るという強行日程で、疲労の中での試合となりました。相手は、前2戦に比べると格落ちで、最初20分は0-0でいい勝負かと思われました。しかし、運動量が落ちてきたところで失点を重ねて、終わってみれば0-5というスコアでした。この試合では、シュート・チャンスも相当に作りだすことができ、大きなスペイン人のプレーの幅にも慣れてきたところです。伯仲した内容になったためか、相手が体をはってきて、湘南側で1名の骨折者がでました。加納さんの速やかな対応で、措置をしていただき、負傷者はその後の旅程にも車イスを手配して参加することができました。

レアル・ソシエダとの試合があとから決まったこともありますが、(試合を受けてもらったことが大きな名誉であり、大きな実績)、結果としては、3日で3連戦はきつかったかも知れません。Aチーム4試合、Bチーム3試合で2勝5敗という結果でした。

試合以外でも、各地の見学や学校訪問は充実した内容でした。

ビルバオのあるビスカヤ県の見学では、第二次世界大戦でナチスドイツから空爆を受けたゲルニカを訪問し、本で読む世界史よりも目でみて歴史を理解してきたと思います。世界史を学ぶ前である生徒も多いはずですが、単一民族国家の日本では考えられないことが、海外では起こることが実体験できたのではないかと思います。

サンセバスチャンでは、「イカストラ エキンツィア」という学校を訪問しました。ここは3歳児から高校年代が通う学校ですが、すでに日本の学校との交流実績があり、準備は周到でした。同年代の高校生が用意した質問を英語で行い、湘南生が答えるということで1時間近く交流を行いました。湘南側は準備をしていませんでしたが、帰国子女の生徒が通訳を行い、両者のコミュニケーションがうまくいきました。おそらく湘南生も英会話の必要性を感じたことと思います。

 同じく、サンセバスチャンでは、チョコ(日本では美食クラブと訳されているそうです)の訪問を設定していただきました。食へのこだわりの強いバスク人が、男だけで集まり、とびきりの食材を持ち寄って自分達で料理を作って楽しむクラブです。ここでは、地下の特別の部屋で、手づくりのパエリアをご馳走になりました。

 このほか、リーガ・エスパニョーラのレアル・ソシエダのホームゲームに招待され、1部昇格がかかるゲームを観戦。Aビルバオの本部にも、今回初めて訪問をしました。こちらは、ビルバオの中心街にある一戸建てで元高官の別邸で中国風の門や内装を持つ、エキゾチックな建物です。一般に公開されているものではなく、特別に案内をしてもらいました。

最後には、バルセロナ、パリで自由行動時間をとり、自主的に計画をたてて観光を行ない、無事に日程を終了しました。高校生にとっては、大変貴重な体験であったと思います。

2年生12名、1年生24名のほかに参加した女子マネージャー3名の頑張りも特筆に値するものでした。

 さて、本隊は4月4日(金)に、パリを出発して帰国。鈴木先生と関は週末、松井選手のル・マン戦観戦のため、パリで1泊し、リヨン経由でサンテ・ティエンヌへ向かいます。炭鉱の町、サンテ・ティエンヌは、80年代にはプラティニを擁してリーグ優勝した名門チームで現在リーグ5位。熱狂的なファンの応援が物凄い状況です。アウェイのル・マンは松井の組み立てから1点先取するも、4−1で逆点されて敗れました。

 鈴木先生は、サッカー、お絵かきの両方で堪能されたことと思います。また、関は、前神奈川県サッカー協会会長の鈴木先生の付き添いということで会社の理解が得られ、長期の休暇をとることができました。このような機会に、得難い体験ができたことに感謝しています。

 清水先生が異動になられたあと、厚木北高校から転任された小林先生が監督、もともと湘南におられた曽根先生が部長という態勢で、今後の部活動が運営されます。小林先生は、海老名高校卒(鈴木中先生が校長のとき在学)、(日大・清水先生の後輩)という経歴です。曽根先生は、サッカー経験はありませんが、相模大野高校でサッカー部顧問を長く務められたとのことで、お二人での指導となります。4月中にはOB会事務局とのコミュニケーションの場をつくり、スペイン遠征の今後についても相談をしていきたいと考えています。

「追伸・鈴木中」

以上関君の遠征報告に全て述べられているので、私からは先生はじめOB諸氏に遠征でのご苦労に対して深く感謝の意を表したいと思います。併せてこの行事が今後も継続できる事を強く期待したいと願っています。只帰国後直ぐの関東大会予選は新3年の主力選手2人の怪我の為、2回戦で敗れ、大変残念な結果になったことを報告します。

写真「出発時・成田空港・集合写真」

作品「プレンシア・宿舎」と「アスレチック・ビルバオの練習グランド」を載せました。

倉岡先生「広島城の桜」 日本の桜と城は世界に誇れるでしょう。

「続中メール・NO30」

「清水先生を送る」            2008・4・4

 今回は予定を変更して「清水先生を送る・言葉」にしたい。湘南高校の歴史を記録するこの10年間「腐っても鯛」は守られてきたと思っている。独特の清水流・セリフは現代の湘南生にとっては理解できない事があったかも知れないが、頭の良い生徒達はさらっと流して良い学習をして巣立って行ったと思う。

 先生は「藤沢西高校」を約10年間で強くして全国の大会に数回、駒を進め、多くの優秀な選手を輩出した。そして県の国体選抜の監督等も経験され、その後「秦野南高校」を経て「湘南」に来られた。全国でも名前を知られた指導者として活躍されて来たが、今回神奈川県の高校教員の勤続11年の規約に該当して転勤と言う事になってしまった。引き止めるべく努力もしたが、二宮高校への異動となった。

 先生には後数年の教員生活であるが、是非悔いのないように「有終の美」を飾るように努力して欲しいと願っている。又健康には充分注意して最後の職場で頑張って欲しいと思っている。特に神奈川県サッカー協会技術委員会での今後の活躍を期待して、是非大局に立って日本のサッカー界をリードして欲しいと希望している。

 さて後任の「小林修太郎」先生には大きな期待をしている。私が湘南を去ってから20数年になるが、「藤塚先生・清水先生」で全国でも名門と言われて来たこの学校を支えて来た。

若さと高校サッカー現場の指導を充分経験して来られた小林先生に期待する事は、自信とプライドを持って指導される事であろう。頑張って下さい。

 そしてOB諸兄姉にお願いする事は「○は出すけれど・口は出さない」今まで通り、あたたかく見守ってやって欲しい。若さと情熱で又三ツ沢のグランドに駒を進める可能性は充分あると思う。保護者の皆さんも何か要望がある場合は「中爺」に話して下さい。期待しないで任せて欲しいと思う。皆さんで協力して湘南高校サッカー部を育てましょう。

 現役の活動状況だが卒業生を送り出し、新2・3・年生はスペイン遠征を前にして多くの練習試合を(土・日)に行って来た。高校生相手では希望が丘高校、厚木北高校、大学生は慶応大学・国士舘大学・神奈川大学のB〜Cチームに胸を借り、良い練習が出来たと思う。

奇しくも遠征の前々日に「小林先生率いる・厚木北高校」と練習試合を行い、先生には充分湘南のサッカーを理解し、又引継ぎもスムースに行われたと思う。是非これまで大きな成果を上げてきた海外遠征も続けられるようこの紙面を借りてお願いしたい。2年後の遠征に清水先生をご招待してはどうだろうか?

尚第61回の筑波付属の定期戦はホームで16日に行われ現役戦は3ー0で湘南が勝ち、28勝21敗12引き分けの記録が残った。OB戦も数試合和やかに行なわれ無事終了した。このような定期戦は両校にとっても大変有意義な交流であり、卒業後も大学で、職場での繋がりが出来て行く多くの話を聞き何時も嬉しく思い、今後も長く続く事を願っている。

清水先生にはスペイン遠征終了まで、ご指導頂きました。
最後になりますが「清水先生」本当にご苦労様でした。有り難うございました。 鈴木 中

私の作品 思い出の「三ツ沢競技場」全国高校選手権大会と、

2002ワールドカップ決勝会場「日産スタジアム」

倉岡先生作品「アンコールトムのバイヨン」

「続・中メール・NO29」

「岡田ジャパンのスタート」            2008・3・3

 代表戦最初の試合が、W杯アジア2次予選4-1タイの試合になった。幸いに結果は、完勝であったが、内容はイマイチであったと思う。確かに大量4点は国際Aマッチでは見事であるが、多分岡田氏自身は不満足だったと思う。私の想像であるが、自分達の速いパス展開から崩してゆく場面が少なかった。

又相手の攻撃で同点にされた場面、時間帯、GKの頭越しの守備、等々反省材料の多い試合だったと思う。結果として楽勝だから是で良しとは言えないであろう。敢えて苦言を呈するならば、GKは経験と守備は第一人者であり、アジアでは通用するかもしれないが、世界には通用しないだろう。同じ様な事だが、「トップの二人」をどう見るか、アジアでは通用するが世界では駄目だと思う。

 続いて行われた「東アジア選手権大会」初戦に格下と言われた「北朝鮮」に1−1の引き分け試合は、確かにボールキープは日本が圧倒的だったが、最終的には崩せなかった。相手チームに点を取られる気はしなかったと、言われてしまった。続く中国に1-0の勝利は流石と思われたが、優勝を決める韓国との試合は1-1の引き分けで優勝できず、今後に禍根を残した。

 なぜ私がこのような見方をするのか、世界のレベルを詳しく知っているわけではないが、最近は、スペインリーグ(リーガ)、イングランドリーグ(プレミヤ)、等手軽にTVで見ることが出来る。一方いくら辛口の苦言を呈しても、最近はJFAの公式の役員では無いので、モノが言い易くなったとも言える。

 先日見たプレミヤリーグのマンチェスター・U1-2マンチェスター・シティーの試合は凄かった。お国柄とはいえ、あれだけの速さ、パスの長さ、コントロール、体格とフィジカルの強さ、どれを取っても世界レベルのサッカーは全く日本のJリーグのレベルとは遠くかけ離れている。特に違いを上げれば得点に結びつける技術が高いので観ていて非常に面白い。

又M・シティーのCB(リチャード)は未だ19歳ながら黒人特有のパワーで得点王の相手CF(ロナウド)を完全に防いだ恵まれた体力には驚いた。その他シティーのTOP(バッセル)中盤(ベンジャミ)等々黒人独特の技術水準の高さには驚かされた。そしてこの両チームよりさらに上を行くアーセナルのチーム力は底知れぬものを想像出来る。

 日本がここで世界のトップに標準を合わせても意味が無いので、岡田は先ずはアジア地区最終予選に的を絞るだろう。その時に「勝か負けるかの戦争」をどう戦うかボール回しの上手い事など問題ではない。オーストラリア、韓国、北朝鮮、中国、その他最終予選に残ってきた中近東のチーム,等を考えた時に、本大会が行われる南アフリカが遠く感じられる。

さて今回は現役の1部昇格の入れ替え戦を期待してそのことを中心に書く予定をしていたが1回戦、対相洋高校戦0-2で完敗、多くのOBの期待に沿えず、又次回に望む事になった。2部での戦いは実力的には県内のベスト32〜64の力でこの辺のチームが、年間のスケジュールで一番試合の多いチームになる。

そこを抜け出せないので又来年も試合、試合と追われることになるだろう。只来年はU-17がU-18になるのでどうなるやら私には解からない。

次に私事で恐縮だが「絵画」の話を少ししたい。今回「賞」を貰ったので、多くのOB諸兄姉からお祝いのメールを頂いた。ご返事を書いていないのでここに厚く御礼申し上げます。益々制作意欲が湧いてきたので、良い絵を描きたいと思っています。(Webギャラリー・湘南の画伯たち)を観て下さい。

 湘南の最初の教え子達が還暦を過ぎてしまった。皆さん第2の人生をどう生きるか思案中だと思っている。それに続く50代の予備軍の方にも何か参考になればと思い、「下手な絵」に挑戦しているわけです。幸い描いていると、色々な事が見えてきます。恥を忍んで精一杯生きている「生き様」を「中流」で表現できれば幸せです。そして毎日が楽しく、充実しています。

 さて4月号は「スペイン遠征」の関係でどうなる事か・・帰国が4月7日過ぎなので20日頃までにOB参加者の原稿が集まれば、出したいと思っている。何れにしても遅れる事になるので、お許し下さい。

「田沢湖スキー場・秋田・駒ケ岳」2月に滑ってきました。スキーは無理な筋力を使わずに頑張らなければ、老人のスポーツには最適です。スキー場を描くのは非常に難しかった・・・

「続中メール・NO28」

「サッカーの勝敗」              2008・2・2

 冬の全国高校選手権大会が終了した。今年は大会役員を解放されたので気楽に観客として多くの試合を観戦した。特別に統計を取ったわけではないので不確かな記憶と感想であるが、接戦の試合で勝敗を決めてしまうのが「PK」による決勝点が多くあったように感じた。地元日大藤沢は2回戦徳島商業の試合で相手の「PK」がポストにあたり救われて2-1で勝てたが、3回戦の藤枝東には「PK」を決められ、結果的には1-2で敗れてしまった。

 何れにしてもサッカーの試合では「ディフェンダー」の相手ドリブルに対する遅れたタックル・手を使って抑えるプレー等でのペナルティー・エリヤ内でのファールによる「PK」により、勝敗が決まってしまうことが多い。この日の夜放映していた「プレミヤリーグ」でも「PK」により2−1のゲームであった。

思い起こせば昨年の関東大学リーグ筑波大1-2青山の2点とも「PK」であった。

 こうして見るとサッカーの試合では勝敗を決定する大きな要素の一つに「PK」を如何に取るかと言う事が考えられる。藤枝東の選手が戦術的に意識してペナルティーエリヤ内でドリブルで突っかけるプレーは正解だったといえる。

またそのようなプレーに対して防ぎきれず「PK」を取られていた日大藤沢の守備の方法では接戦を勝ち取る事は出来ないであろう。

 大会は優勝候補で前評判の高かった「流経大付属柏高校」と名門「藤枝東高校」の決勝戦になったが、私の好みに合う高校生らしいクレバーな「藤枝東」のサッカーが決勝に残り楽しく観戦できた。勿論激戦地静岡を制してきたチームだから、個人の能力はかなり高いものがあるが、このチームの良さは、全員の戦術眼の高さだと思う。そしてダイレクトパスの正確さを強く感じた。監督の意図するものが選手に浸透しているように見受けられた。

 試合は前半1-0後半3-0で流経大柏高校の一方的なゲームになってしまったが、内容は藤枝東が細かいパスを駆使して自分達のサッカーを試みたが、相手の早いプレスとヘディングの高さで高い位置でのディフェンスにつぶされ、自分達のサッカーが出来ず完敗に終わってしまった。

しかし高校生らしいサッカーで好感の持てる試合運びは高く評価できるだろう。一方優勝した流経大柏はこれからの高校生年代で出てくる全国区いや新しい形の高校生チームでプロ集団の高校生かもしれない・学校スポーツかどうか?・

 さて湘南の現役はどうだろう後1年叩けばこの「藤枝東」位のチームは出来上がるだろう・・と私は思っている。個人の能力もさることながら、クレバーと書いた中身は「理にかなったプレー」を強調したい。中盤で相手と無駄な競り合いをせずに、早く、正確な、強い、ダイレクトパスでフリーな味方を作りそこから相手守備ラインを崩してゆく「原理原則に忠実な」サッカーを目指して欲しい。しっかりしたGKと安定した4人バックがいることが大事である。

 1月末に行われた新人戦中央大会の結果であるが1回戦対湘南学院高校戦は0-1延長戦で敗退した。内容は湘南が優勢で決めるべきところを決められず涙を呑んだが、試合が続いて休みが取れずじっくりと練習する時間が無く、次のリーグ戦までの2週間「シュート練習に集中して」1部昇格を目指して欲しい。

 そして部員全員が楽しみにしている3月末の「スペイン遠征合宿」で一皮剥いて来年に望んで欲しい、幸いOBも数名(ドクター加納・総務・関・コーチ篠塚)で監督の清水先生をサポートし、協力してもらえそうなので、私も是が最後になるだろうと思い足手まといにならないように、ご一緒したいと思っている。(ビルバオ・パリのお絵描きも楽しんで来たい)

別件であるが「朝日新聞」1月7日号に46回生「湯浅健二君」の記事が載っていた「10年後・個の勝負に強い人材を」と題した日本サッカーの将来について、彼独特の論理と話術で語ったものである。確かに頷ける部分はあるが、私はトルシエの評価「日本人の創造的破壊・・・」については疑問を感じている。

(写真参照)

「創造的破壊」と言えば私の「絵画」の世界では多くの作品を描いていると物の見方が変ってくる事がある。即ち今まで見えなかった自然現象、景色、人の動き、雲の流れ、空の色、陰影(影の色)・・・などなどが見えてくる。70歳を過ぎても、パソコンを叩き、毎日絵を描いていると、脳の活性化(ボケ防止・創造力の変化)が図られると信じて、お絵描きを楽しんでいる。

私の作品「神奈川県庁・キングの塔」(石坂浩二が選ぶ・横浜・三塔物語・)
「絵画展」に応募「優秀賞」受賞

http://www.osanbashi.com/event/santou_picture/gallery_kokuchi.html

特別出品「初出場・還暦に描きだした、40回生・君島忠彦氏・作品」

     (ひとり、ではなくキミが・・・003)

「倉岡さん・作品 万里の長城」

「中メール・N027」

「年頭の挨拶」             2008・1・1

 明けましてオメデトウございます。今年も宜しくお願いします。古希を過ぎてから天下の素浪人・・季節の挨拶状を失礼していますが、このメール通信でのご挨拶が、3回目になります。相変わらず元気に「サッカー」とのお付き合いをさせていただいています。高校、大学,JFL、L(なでしこ)などアマチュアのサッカーが中心です。

 これは「湘南高校サッカー部OB会」のHPですから、現役の活動を常に見ている立場から、現役の選手の活動を中心にして,OB諸氏のためになるような、情報を提供したいと思っています。加えて私の近況、サッカー情報、サッカー観、さらに最近は趣味の世界、老後の生き方等など、幅広く思いつくままに書かせていただいています。

 新年に入りましたが12月に行われた現役の試合報告をします。U-17の2部リーグ戦対山手学院0−0引き分け、対秦野南高校0−1勝 対大和高校0−7勝 対港南台高校1−1引き分けで終了。この結果Dブロック2位で1部入れ替え戦のための試合が2月に行われます。(協会HP参照)1月13日のOB会には現役の元気な声が聞けると思います。

 12月号を出した直ぐ後に「トヨタカップ・世界クラブ選手権」が行われました。今まではなかなかこのような勝負をかけた日本のプロが世界を相手にしたガチンコ・ゲームを日本で見る機会がありませんでした。今回は浦和レッズがACミランと戦いました。横浜国際での観戦の感想ですが、結果は0−1の負け試合でしたが見るべきものが沢山ありました。

浦和の善戦は高く評価出来るでしょう、しかし勝てる要素は全くありませんでした。ACミランの個人技(ボールのコントロール・相手のボールの奪い方・蹴ったボールの正確さと速さ)は素晴らしかった。特に攻めの場面での「くさびのパスの入れ方、ダイレクトパスの正確さ、壁パスの速さとタイミング、味のあるスルーパス」は目を見張るものだった。

決勝戦は予想どおり「ボカ対ミラン」になりましたが4−2でミランの勝利の試合内容は、目を見張るものがありました。ボカの短いパスをつなぐ攻撃をことごとく防いだ、ミランのディフェンスは世界一の守備でしょう。あの守りがあってカカの攻撃の速さが生かされる、久し振りに見た世界レベルのサッカーは、日本で始めてのゲームだったと言っても良いでしょう。理屈抜きに今年日本で行なわれた最高のゲームだったと賞賛できると思います。

さて元旦の「天皇杯決勝戦」はどうなるでしょう?アマチュアのホンダFCの活躍は好感を持つ事が出来ましたがやはり、ベスト8止まりでした。決勝戦はプロらしい試合を期待したいですね。Jリーグの鹿島と広島の決勝戦になりましたが、どうなるでしょう?

そして暮れから始まる高校サッカー決勝戦は14日(祝)ですが、今年は何処になるでしょうか?前評判の高い「流経大付属・千葉代表」が抜け出ているようですが・・神奈川代表の「日大藤沢」を応援し活躍を期待しましょう。

 OB諸兄のシルバーの大会も花盛りのようですが、40〜50才台がメンバー不足のようです、一番楽しくサッカーが出来る時だと思います。是非是非お薦めします。さて私は膝を痛めて蹴る方は、諦めました。代わりに水泳、スキーに力を入れています。OB会報にも書きましたが「70歳を過ぎても・技術は進歩する」ことを身をもって体験しています。

 趣味の「絵画の世界」ですが師匠の倉岡先生(昭和40年頃湘南教諭その後広島舟入高校転勤・サッカーは大学の後輩ですが、絵の方はセミプロ)にアドバイスを受け楽しく描いています。テーマは「健康・脳の活性化」即ちボケ防止と健康の為に天気の良い日は外に出て歩きまわり、良いアングルを見つけては、腰を落ち着けて描きまくっています。

現在は東海道沿線「東京駅をスタートして〜」年間100枚を目標に・・

 直接教えたOB諸兄も還暦を越えた方も多くなってきました。そろそろ第2の人生を真剣に考える時期です。日本・神奈川県の平均寿命が発表になりました。男約79歳、女86歳の時代です。皆さんは後20数年・私は後数年間をどう生きるか・・充実した生活の基本は「健康」です。お互いに頑張りましょう。ピンピン・コロリ・を目標に・・・

 私事で恐縮です、2年前に現在のマンション(茅ヶ崎駅から5分)に転居しましたが、未だ旧住所に郵便物が来ているようです。この賀状に現在の住所を書きましたので、宜しくお願いします。尚二人だけのマンション生活は老後の生活には快適です。車も止めて目下、徒歩・自転車・電車・の生活ですが非常に便利で経済的にも中々のものです。是非お薦めします・・・

今回の私の作品は「08‘年賀状・サッカー協会・小田原城」「東京駅」です。

  

倉岡さんの作品は「アンコールワットの年賀状です」エッチング(銅版版画・彩色)です。

「中メールNO26」

「時の流れ・3」             2007・12・12

 前回に引き続き,時の流れ3、を書くことにした。私の母校筑波大学サッカー部が明治開校の由緒ある歴史の中で初のリーグ2部落ちの心配をしたが見事に奇跡的な逆転一部残留が決まった。先輩として非常に嬉しい思いである。先日「横浜・みなとみらい」を写生に出かけ、昨年YCAC(横浜外人クラブと104回目の定期戦)を思い出した。其の時の写真を掲載する(筑波大学OB3-1・YCAC・U−40)、歴史の重みを強く感じた。

 最後の3週・筑波大2―0東海大・筑波大1−2青山学院大・筑波大2−1中央大の応援に出掛けた。流石に緊張した、大学1部リーグのぎりぎりの試合を見て何か50年前の自分達の青春を思い出した。結果は勝ち点21の12チーム中10位で、一部残留が決まった。下位の2チーム(青山学院大・東海大)が2部の1,2、位(神奈川大学・専修大学)と自動入れ替えと言う規定になっている。全国のOB諸氏もほっとした事だろう。

 この11月は高校サッカー、大学サッカー、と学生のサッカーを見る機会が多かった。いずれも非常に緊張した勝負を争うゲームだったので、技術的には未熟さが目立ち、戦術的にも何をしているのか、指導者の方針がはっきり見えず残念な試合が多かった。やはり勝負をかけたぎりぎりの試合で技術を発揮出来るのが大事な事でこれが本物と言うものだろう。「即ち、激しさ、競り合いの強さ、正しいボールの奪い方、フェアープレー」がサッカーの基本だと言う事になるのだろう。

 湘南高校サッカー部もそろそろ100年になる。その2分の1、私は50年も付き合っている。亡くなられた「がんさん」の書いたものの中に面白いものがある。曰く「理想主義のこと、・隣のチームなどを目標にするな、目標に向かっての1歩1歩精進の過程にのみ人生の真の歓喜がある。・・・」「強い意志のこと、・・・頑として目標に向かって妥協しない事だ・・・」と常に日本一を目指していた。

 さて現役は新人戦地区予選を勝ち抜き次の目標に向かって頑張っている。
新人戦地区大会で本戦に出るためにシード決めの試合が行われた。1回戦2−0湘南工科、2回戦0−3鎌倉、3回戦2−0七里が浜、この結果中央大会の第4シードが決まった。尚全国大会へ出場の{日大藤沢}は第一シードが決まっている。第2シード鎌倉、第3シード大清水になった。久し振りに湘南地区高校の試合を見たが少しレベルアップしているので楽しみである。

先日サッカー部41期生が「還暦」のお祝いを藤沢で開催したので、42回生にも呼びかけ懐かしい仲間と再会した。(11月10日・昭和40年関東大会優勝時メンバー20数名が集まり)盛会であった。既に現役を引退している人、胃がんの手術をして元気回復した人・・・時の流れを強く感じた。

さてオリンピック・アジア予選最終日「日本―サウジアラビア」の試合を久し振りに国立で観戦した。ホームのサポーターとして応援する立場で観戦するのも又一味違った緊張感があった・・・引き分けか、勝つか、で本大会が決まる非常に厳しい戦いであった。息詰まる攻防であったが0−0の引き分けで代表権を獲得できてほっとした気持ちと、大きな喜びを味わう事ができた。

試合内容は見るべきものが沢山あった。日本が上手く外側から崩してラストシュートの場面で再三防いだサウジのGKは世界レベルだった。身長、瞬発力、読み、どれをとっても「素晴らしい」の一語に尽きる。そして特に感心したのは競り合いで相手の身体を押さえる技術はサウジの選手は皆上手かった。日本は3・5・2・の布陣でよく守り効果的な攻めをしていたが、欲を言えば1点取ることが出来ればよりベターだったと言えるだろう。

さてこれで2007のサッカー界の話題は終わりにするつもりだったが、師走の1日Jリーグの最終戦・浦和レッズ対横浜FCの試合を何故か見る機会があり、(三村・清水・中)の珍メンバーで歴史に残る、迷勝負を観戦し、横浜FC(1-0)で完勝して静かに帰る4万人を越える浦和のサポーターを見て何かこれは可笑しい?日本のサッカー界は、不思議な世界であり・世界から取り残されている・・と感じたのは私だけでは無いような気がしてならない・・・

今回の作品は「YCAC定期戦」「横浜・開港記念会館(ジャックの塔)」

駅シリーズ「御殿場線・上大井駅」を載せた。少し変化の後が見られると思う・・・

師匠(倉岡さん)が思い切って明るい色をつかったらと言うアドバイスで・・・

倉岡さんの絵は最近描かれた「国立・新美術館」を載せた。

「続中メール・NO25」

  「時の流れ・2」              2007・11・11

 最初にお詫びをします。先月号で東京オリンピックの開催時を昭和37年と書いてしまいました。これは昭和39年の間違いです、訂正させていただきます。  私の古い記録の中に其の時のプログラムがありました。三ツ沢会場の役員として働いた懐かしい記録です。(1964・昭和39年・10・11〜16)

 前回に引き続き「時の流れ・2」を追加します。11月11日は「サッカーの日」と言われ昔からサッカーの世界では、「イレブンデー」と呼んで、色々のイベントをやってきた。今年の神奈川県は高校サッカーの決勝戦がこの日に行われる。日大藤沢高校対逗葉高校の決勝戦になる。(協会HP)を見て欲しい。

 そしてこれらの大会に平行して新人戦の地区大会リーグ戦も行なわれている。昔と違い新人戦は関東大会の予選にもなっている。只関東大会が実質的には関東のベストチームを選出する訳でなく、2流の大会になってしまった。しかし湘南はこの大会もベストチームで参加している。結果は7−0藤沢工科、4-0鵠沼、2-0大船、0−0慶応藤沢、ブロック1位で終了し、新人戦県中央大会へ進む。

 前回から「鉄道図」を載せたので、先ずは西の玄関口「湯河原駅」を描きに出かけた。台風9号の爪あとの残る湘南海岸の寸断された道路を眺めながら,JRに乗り湘南ライナーで「茅ヶ崎駅」から30分もかからずに「湯河原駅」に着いた。駅前で地元「湯河原中学」のT校長先生に電話をしたら、わざわざ迎えに来られ「校長室」に通され、有意義なお話を聞かされた。

 曰く「私が湯河原駅を西のはずれ」と言ったら直ぐに「神奈川県西の玄関口」と言って下さいと訂正された。久しぶりに大変な教育問題を抱えた中学校現場の苦労話、教育目標、安全管理、東海地震に対応する為の防災訓練等の話を、校長室でお聞きし現場の教育のご苦労話と「時の流れ」を強く感じた。

 帰りに新装成った「小田原駅」に降り、立派になった駅舎には驚かされた。説明するより写真を見て下さい。正面のビル、中の改札口周辺、北側の銅像、私の腕では描けそうも無いので、今回は既に描きあがった「湯河原駅」を載せる事にした。湯河原駅前にも立派な銅像があり、小田原駅も「北条早雲」の銅像が建ち、新幹線の到着する豪華な駅ビルになった。

時の流れで驚く事は子供達のボールタッチの上手いことだ。いや「リフティング」の回数が異常に多い事だ。小学生に何回ぐらい突きますかと聞いてみたら1,000回以上落とさない子供達が沢山居るのには驚かされた。別に悪い事ではないが、それがサッカーの全てで肝心な事を教えていないような気がする。子供達の指導者は遊びの中で楽しさを求めながら何を指導するべきか・・・

 即ち肝心な事とは、「蹴る事」「相手のボールを奪う事」「ヘディング」この技術を教える事が一番大事なことのような気がする。即ち良いストライカーをどう育てるか、ヘディングからの得点が非常に多いと言うこと、相手のボールをどう奪うか、ディフェンスの出来る選手をどう育てるか、そして正確な「キック」をどう教えるかが指導の原点だと思うが・・・

 そして大事な事の一つに「GK」の指導があると思う。日本の子供達はあまり、ゴールキーパーに興味を示さないが、身長の高い事は一つの条件だろう、特別にGK指導は考えてゆくべきだと思う。そして一番魅力のあるポジションだと言う意識を子供達、皆が持つようにならなければ良いGKは育たないと思う。

 時の流れで寂しい話になるが私の母校「筑波大学サッカー部」が関東大学リーグ戦で戦後初めての2部落ちの危機にさらされている。2部落ちしていないのは、筑波大学だけのようだが、一度落ちるとなかなか上がれないのが現実である。11日には結果が決まってしまうかもしれない。・・・・残り3試合、未だ可能性は残されている・半世紀前に強かった「東京大学」「立教大学」がしかり、落ちてから久しいが・・・・筑波大学の残留を私はまだ信じている。

さて今回は1964・東京オリンピック・サッカープログラム・入場券の写真」

「湯河原駅・F6

「小田原駅の写真」を載せた。

倉岡さんの作品は前回に続いて「帆船・海王丸」の帆を降ろした勇姿を載せた。

「続中メール・NO24」

「時の流れ・1」               2007・10・10

 10月10日は「体育の日」と決まっていたが、いつの間にかその週の月曜日が「体育の日」に変更になってしまった。中さんそれは古いよと言われるかもしれないが、この日は「東京オリンピックの開会式」昭和37年の話でそんなに昔の話では無いと思っている。そして私の実父の祥月命日で忘れられない記念すべき祝日であった。

 先日日本サッカーの師と言われた「クラマーさん」のテレビ放映があった。彼は東京・オリンピック後の日本サッカーを指導された恩人で、私も彼のサッカーで育った一人である。私より10年先輩で80歳を過ぎているはずだが、今も尚カクシャクとして若い奥様と仲良く、サッカーの指導に当たられている話を聞くに付け、サッカーは歴史を超えた世界のスポーツだと感心している。

 クラマーさんで思い出すのが「クラマー体操」である。当時の指導者はこの体操を練習の中に取り入れ、必ず補強運動としてやっていた、今で言う腹筋・背筋を強化する、ストレッチ体操である。その後この種の体操では「ブラジル体操」サンバのリズムに乗って声を合わせた体操も懐かしい。

 最近はどんな体操が流行しているのか解からないが、湘南高校の、グランドに行くと「般若経」のようなお経の声が準備運動で聞こえてくる。これも時の流れかもしれない。Jリーグ,Lリーグ、の試合前の様子を見ていると、ブラジル流の掛け声が聞こえてくることもある。今後どんなリズムが喜ばれるのかこれも一つの楽しみである。

 先日九州へ旅をした時「湘南高校」は平塚にあるのですか?と尋ねられて、ああそうか「湘南ベルマーレ」と同じ場所にあると理解しているようだった。即ち「湘南地方」と言うのは、川向こう(相模川の西側)まで広がり、車のナンバープレートも「湘南」は随分と西の方までに広がったのだ。即ち厚木・伊勢原・秦野・二宮・大磯・箱根まで・・・も湘南地区と見られているのだ。

 神奈川県高校サッカーの地域割りは、川崎・横浜・横三(横須賀三浦)湘南・北相・西湘・の6地区に分かれている。湘南地区は鎌倉市・藤沢市・茅ヶ崎市が含まれ,JRの駅で言うと鎌倉、大船、辻堂、茅ヶ崎、小田急線は、江ノ島駅から湘南台・長後、江ノ電沿線が昔から「湘南地方」と言われてきた。

 少し付け加えるなら湘南海岸沿線が「湘南」と言われ「湘南高校」の生徒は鎌倉・逗子・葉山・藤沢・鵠沼・茅ヶ崎あたりの中流家庭の子弟が中心であった。石原慎太郎の「太陽の季節」のイメージ、加山雄三、湘南海岸、サザンピーチのイメージが湘南地方と言われて来た。

 さて時の流れはどんどんと変化して行く。「湘南学区」と言う高校入学のための学区制度が年々変化してゆく、最近は全県1区になり、学区が取り払われ、古き良き昔に舞い戻ったと理解してよいだろう。この事の是非を此処では取り上げ議論するのではなく、湘南高校サッカー部の進むべき道を模索したい。

 冬の高校選手権大会の、ベスト8が決まり、10月にA・B4チームのリーグ戦を行い11月11日に代表が決まる。一方U−17のリーグ戦も平行して行われ、湘南は慶応高校に3−1、川崎北高校に4−0、で快勝し、三浦高校に3−4で敗れたが、2部Dブロックでも1,2、位を争う力を発揮していると見てよいだろう。

 今回は「鉄道地図」を描いてみた。神奈川県内を走っている「JR・私鉄」も昔と比較すると随分と変化してきた。「JR・東海道線」も西は「湯河原」〜東は「川崎」まで「東京駅」に行く路線に加え、横浜から分かれ「湘南新宿ライン」が出来て、直接、埼玉、群馬、栃木まで行く路線が出来てきた。

 「鉄道地図」に併せ暫く湘南地方の駅舎を描いて行きたいと思う。非常に難しく良い勉強になると思い、最初は「鎌倉駅・F6」を描いてみた。

 倉岡先生の作品は、彼独特のペンを使い薄く彩色をした、広島宇品外貿埠頭・8月・「練習船・(海王丸)」のスケッチである。 

「続・中メール・NO23」

「猛暑・酷暑」              2007・9・9

 今年の夏は表題のように「猛暑・酷暑」のお盆休みだった。9月号を書き出した8月の中旬は、40度を越える、などと言う記録的な暑さだった。62年前の終戦記念日は小学校4年生で集団疎開先、群馬県のお寺の本堂で「天皇陛下の終戦のお言葉」を聴いた時の事が思い起こされる。あの日も暑かったが今のような暑さでは無かったように思う。

 我々が暑い夏と言いながら過ごしてきた時代はせいぜい気温が最高30度ぐらいだったと記憶している。現在のように水分補給をうるさく言わないでも過ごせてきた。ここ数年の現象で試合中高校野球のピッチャーが痙攣を起こすような状況を見る事がある。サッカーの選手に夏の試合中は給水タイムを設けるようになった。地球温暖化現象と言う事か?

 さて今回はスポーツの指導で子供達にとって何が必要なのか考えてみたい。

「インテリジェンス」と言う言葉が私は大好きだ。解りやすく言えば精神的にしっかりしていて人間として立派でなければ良い選手とは言えない。もう少し具体的に言うならば・・・誰にも負けない強い子供でなければ駄目だと言うことだ。

1、 ルールを守る人 2、自分のことは自分でやる人 3、好き嫌いを言わない人 4、最後までやりぬく人 5、計画的に生活できる人 6、小さな戦いを積み上げている人 7、他人には絶対負けないという強い意志を持った人・・・

まだまだ沢山あると思うが、代表的なことを上げて見た。このように書くとまた「中さんの精神論かよ」と言われるかも知れないが、「技術論」の基本にあるもので最後は精神論でこの点だけは間違っていないと思っている。甲子園の高校野球のピッチャーがその代表と言えると思うが、彼らも今や異常な暑さには勝てないようだ・・

 野球と言うスポーツはバッテリーの役割が80%以上の大変不公平なスポーツだ。ましてこの暑さの中で戦う「投手への負担」はすさまじいものだと思う。汗と泥と涙の青春を語る甲子園も何時かは異常気象に負けてしまうのだろうか?近い将来には温度調節の出来るドーム球場に変わって行くのかもしれない・・・

 今年の夏の甲子園・高校野球は「公立の佐賀北高校」の劇的な優勝で幕を閉じた。亡くなられた「阿久悠さん」が見ていたら、どのような「詩」を詠っただろうか?本当に凄いゲームだった。彼が作った「高校サッカーの歌」「うつむくなよ、振り向くなよ・君は美しい・戦いに敗れても・君は美しい・・・」敗者を讃えたこの歌が又聞こえてくる。今年の高校サッカーはどんなチームが優勝するのか楽しみである。

未だ残暑厳しい8月末現役の大事なゲーム「U-17・2部リーグ戦」が開幕した。この試合も昔は無かった協会主催の大会で上はプリンスリーグ、そして「高円宮杯」につながる日本一を争う大会である。対慶応義塾高校戦3−0で完勝(13時秋葉台グラント・゙本当に暑かった)で幸先の良いスタートを切った。12月末まで続くこのリーグ戦を勝ち上がり来年は1部リーグで戦う事を願っている。(他の結果は協会HP参照)

前回描けなかった「菅平・合宿ホテル」を載せた。(鈴木中・F6)

倉岡先生の作品は「広島・縮景園」、先生が推薦する広島の観光地です。

「続中メール・NO22」

「サッカーの指導書」           2007.8.8

 最初に現役の状況を報告しておきたい。7月末に行われた冬の全国選手権大会一次予選は、3年生3名だけの新メンバーで望んだが残念ながら3回戦で敗退した。二回戦3-0上郷・3回戦1−2藤沢西で内容は悪くなかったが若いチームで3年生主体の西高に逆転負けで涙を呑んだ。早速次の日から来年度のメンバーに変わり合宿の準備に入った。そんな訳で特別に8月号を載せる事になった。

 次に大変嬉しい話なので是非報告しておきたい。今回の参議院選挙で神奈川県から出馬の「56回生・水戸将史君」の当選について、湘南高校卒業生・サッカー部OB諸氏、の応援を得て見事に当選を果たした事に、心からの喜びと御礼を申し上げたい。併せて今後の中央政界での活躍を期待しエールを送りたい。

そして湘南高校サッカー部初の歴史的快挙と言える水戸君に対し、今後益々OB諸兄の応援をお願いしたい。(8月18日のOB会には顔を出す予定)

 今年も予定通り菅平の夏合宿が行われた。「菅平」と言うとラグビーと言われたのは昔の話で、今は子供から中学・高校・大学の何百と言うサッカーチームの「合宿」花盛りである。夏休みの前半7月〜8月上旬はホテルが所有する天然芝・人工芝の良い状態で主にサッカーが使い、その後ラグビーが使用している。

 競技人口が数倍の違いでホテル側も、現地の観光協会もサッカーを歓迎しながら昔からの数少ないラグビーも大事にしている。只子供達の数はすごい人数で、小中学校年齢のクラブ、公私学の小・中、高等学校、どのチームもちゃんと正式の指導者が就いてそれなりの練習が行われているようだ。

 しかし見ているとまだまだと思われる、時間つぶしと、お金稼ぎ、?と首を傾ける昔ながらの練習を多く見かける。その一つが涼しい環境だから、と思いっきり走らせ、体力トレーニングをしているチームを多く見かける。間違ってはいないだろうが折角の環境で、良い芝のグランドならば、正しい技術を磨く練習がベターだと私は感じている。湘南高校は技術中心の練習を繰り返している。

 今回のテーマは少年指導者の「指導法」であるが、前回にも名前の出た私の師と仰ぐ「三村恪一氏」が監修したDVDを紹介したい。元日本代表・ジュビロ磐田の選手だった「遠藤雅大選手」の名前で今年6月に発刊された、「指導者の為のDVD」(超実戦的ジュニアサッカー vol.1,2,3スキージャーナル社刊)である。日頃感じていた私のサッカー指導の基本的なテーマでもある、「2対1」の理論が整理されていて大変参考になった。

 50年も昔、京都の紫光クラブ(パープルサンガの前身・教員クラブ)の仲間と書いたサッカーの指導書(昭和36年発刊)の中に、「2対1」のディフェンスの基本動作、ポジショニング・足の位置・ステップ・からだの入れ方・ショールダ―チャージ・相手の追い込み方・スライディング・タックル・等々が思い出された。しかし文字で書かれた本と分解写真だけでは、はっきり言ってサッカーで言う「小指の先のフィーリング」部分が解らない事が多い。

 文字で書いたものと違って言わんとすることをビデオで写し、自信を持って自らの技術で見本を示す「DVD」の指導書は非常に効果があると感じられた。

特にマンツーマンでドリブルと多くのフェントで相手を動かしたときの「扉を開ける」と言うニュアンスは良く理解できた。又相手との競り合いでの身体の使い方、「2対1」でパスコースを消す為に、相手を背中におく「影」と言う言葉の使い方等は子供達にとって解り易い表現だと感じた。

相手に抜かれたあと遅れた場合の相手キックを空中でカットするディフェンスの足の出し方等はあまり今までは教えられていない事だろう。又相手とのボールの取り合いでぶつかった瞬間に力を抜いて自分のボールにしてしまう方法相手をタッチライン方向に追い込んで遅れた後のアウトサイドを使ったスライディングタックル等は今までの少年の指導書には見られ無い、事で大変良く出来ていると感じた。

 全てを書き表す事は出来ないのでこの「DVD」を多くの少年サッカーの指導者がご覧になるようお薦めしたい。誰でも解っている様だが実は知らない事、や今までは教えられていない事、がこの中には沢山あるような気がしている。特に正しいサッカーは子供のうちに教えなければならない。インサイドキック・インステップキックの正しい蹴り方の見本も非常に参考になるだろう。

 子供達に教える大事なポイントは何だろう、このDVDでは今まであまり紹介されていない、ディフェンダーの身体の使い方や足のステップの方法など、ブラジルで本能的に指導されている技術を「ドュンガ」が推薦している点も頷ける。最近は湘南高校OBの親父さんで少年サッカーを指導している方も多いと聞かされている、是非見て欲しいと思って敢えてこのような文章になった事にお許しを願いたい。今回の合宿でも何回か生徒達に見せて役に立ったと思っている。

さて今回の私の「絵」は菅平の合宿中に描く予定だったが、間に合わなかったので練習風景、ホテルが所有している素晴らしい人工芝のグランド、ホテル全景、最終日の焼肉・バーべキュー等の合宿風景を載せてみた。

そして毎日自転車で散歩しているサイクリングロードから見た、私の好きな景色である「茅ヶ崎の海・烏帽子岩」

倉岡先生の作品は「広島平和公園」である。

「中メール・NO21」

「オシムのサッカー」             2007・7・7

今回は7が3つ並んだめでたい日である。何か良いことがあれば等と考える。

どうも年のせいかそんな事が気になる今日この頃である。周りを見渡すとバタバタとサッカーの仲間が亡くなられる。そして病で倒れる話が多く寂しい限りである。そんな中で湘南OB・ペガサスの70歳以上が元気に蹴っておられるので感心している。すごい事である。

 その中でも今年「喜寿」を迎えられた方は益々めでたい話になる、是非お祝いをしましょう。湘南サッカー部OBで77歳の方、本当におめでとうございます。この紙面を借りてお祝い申し上げます。高齢化社会の先駆者として益々元気にボールを蹴って下さい。私もボールは蹴らなくなりましたが、身体のほうは後5年位、多分大丈夫だと思っている。

 6月末に湘南高校44回生合同・同期会が卒業後38年ぶりに行われた。百数十名の盛大な集まりであった。担任でも無い私が参加させてもらったが、既に鬼籍に入られた先生が「石井(ポケサン・数学)・栗原(クリさん国語)・松山(物理)」の3名、同期の生徒が10数名もいた。ご冥福を祈ります。合掌 

幸いにサッカー部の同期生は(桑本・主将、小泉治子・マネージャー他・坂部・小杉・本庄・橋本・溝口・・・)皆元気そのものだった。

 さて本題に入るが「オシム・サッカー」について、彼の色々な言語録、スピーチ、ユーモア、などなど真意は何処にあるか直接話したわけではないので、私が感じたままを書いてみたい。基本的には「相手より早く、大きく・質の良い動き」「競り合いに負けるな」そして「パスで崩せ」・チームの総合力で相手を上回われば良いので、個人のスターはいらない。独断的指導法か?

 このように書くと40数年前から「湘南生」に言い続けてきた私のサッカーとレベルが違っても本質は同じような気がする。一番の共通点はシュート場面でフリーな味方がいればパスをせよ、いなければ勝負する。即ちサッカーの原理原則を大事にする。この思想は彼のサッカーの基本であり本質であるような気がする。私はサッカーの魅力の一つだと思っている。

神奈川県の高校サッカーは「全国総体予選」が終了した。ベスト4が秦野0―1日大藤沢、東1−6桐光学園で、代表が「日大藤沢・桐光」に決まった。夏の全国大会は暑さとの戦いであり又冬の選手権大会とは趣の違った、高校生・高体連の大会で、日本特有の大会と言えるだろう。

湘南の現役はこの予選も早々に敗れてしまい次の準備に入っている。腰を落ち着けてじっくりと新1年生の身体作りと走りこみを「お伊勢山」通いで鍛えて来たようだ。何せ近頃の選手は「嫌な事」を極力避ける傾向があり、本当はそこが一番大事なことだと気が付くのが遅いようだ。

 「オシム・サッカー」は多分選手には嫌がられる、厳しさと、理論、規律、を最重点に置いたヨーロッパスタイルだとすれば、湘南のサッカーも合い通じるところが有るかもしれない。いや南米型のジーコスタイルは湘南向きではないのだろう。そんな事を感じながら、現役は次のチームに変わる為の準備に入り、間もなく冬の選手権一次予選が始まる。

 既にHPに発表されているように、冬の選手権一次予選が7月末に行われ、32チームに絞られる。二次予選は9月、三次予選は4チームによるリーグ戦が10月、最終の代表決定が11月で、現在3年生が3名だけ残り後は2・1年の新チームで望むが、新1年は練習を見た限りかなり期待できる顔ぶれに変わって来ている。そしてU―17のリーグ戦も8月末から平行して始まる。

 併せて補足しておこう、46回・榊原(旧姓安部)他数名の湘南高校OBのご子息が新一年に入部して、今年も二世が期待できそうである。卒業生、篠塚・(慶応大学)・高橋(成城大学)が清水先生を補佐して定期的にコーチとして現役の指導にあたっている。篠塚はBチーム・高橋はGKの専属コーチとして協力してくれている。ご苦労様です。

 そして7月末一次予選の後に今年も夏の合宿を涼しい「菅平」の芝生で計画している。是非私も参加して叱咤激励したいと思っている。暑さと苦痛と寝不足で鍛錬の「旧清明会館の宿泊」懐かしい40数年前の夏合宿を思い出すと、古きよき時代で本当に良くやったと今更ながら、ぞっとする思いがする。

 今回は最近出かけた旅行の時に描いたものを紹介する。「東京上野旧岩崎邸」は湘南高校のPTA・OBの「ひばり会」で新緑の5月東京へのバス旅行、国立美術館見学(クロード・モネ)の時にスケッチしたもの。そして地元神奈川県「湯本温泉」は空気が美味しい素晴らしい新緑の箱根早川の、せせらぎの音を聞きながら描いていると元気が出てくる。

何れもスケッチは現場で、仕上げは家で、最近は「デジカメ」の力で現場の再現が出来るのでうきうきと「お絵描き」を楽しんでいる。絵は現場で描かなければと言われる先生が多いが、私はあまりこだわってはいないが、「倉岡さん」の絵はさらっと「広島の平和公園」現場で描いた素晴らしい作品である。

「中メール・NO20」

「日本サッカーの現状」            2007・5・5

 今回は私のサッカーの師である「三村恪一氏」(恪さん)との話し合いをまとめたものを紹介する予定だったがお互いに時間がとれず、手紙をもらっているのでそれを紹介したい。古いサッカーフアンならご存知かもしれないが、彼については、私が教わった先輩なのでほとんど知る人ぞ知る過去の人であるが、戦後の日本代表のディフェンダーの中核を努め、岡野、長沼、平木、の時代を影で支えて来たブレインの一人である。

 自宅が茅ヶ崎で近所付き合いのかたわら、月に1回はサッカー談議をして日本のサッカーを憂いている仲間であるが、共通しているのは「サッカー・キチガイ」で70過ぎても、グラウンドに立っているのが生き甲斐で、サッカーの話になると時間を忘れ夢中で議論をして夜中まで語り、我々のサッカーが世界一だと思っている、爺である。

 さて本題に入るが「恪さん」は関東社会人リーグ2部の「厚木マーカス」のコーチである。一方私は同リーグの「神奈川教員クラブ」の代表としてプログラムに載っている。アマチュアの地域リーグ、そしてJFL「全国社会人リーグ」その上にあるピラミットの、J2、J1、の組織図がどうもぴんと来ない。二人はプロとアマチュア、の「構図問題」が日本サッカー界の大きな課題だと何時も話題にしている。

 この件については長くなるので、今回は日本サッカーの技術的課題について「恪さん」のコメントを紹介したい。話は何時ものパターンになってしまうが、お許し願いたい。

「中村俊輔」に代表されるように、セットプレーのフリーキックの力が日本人サッカーのトレードマークになっている状況でのボール扱いでは、世界におくれをとるようなことはなくなってきた。

 攻撃を燎原の火のごとく拡大して行くわけではないが、ボールを相手にうばわれないでつないで行くのが本当にうまくなった。しかし真の意味でゲームでの有効な技術、例えば勝負どころで突破のドリブル力とか、難しい体勢からのクロスや、シュートする時のキック技術を考えた時、果たして進歩しているか疑問だ。

 特に守備と言うことでは、個人の判断力を含めて、アジリティを中心とした能力は攻撃と比べて極めてアンバランスなものを感じる。特にボールを持った敵を少しでも距離のあるところから、寄せなければならない時の守備力は極めて低い。2006,Wカップでイタリヤのカンナバーロが決勝のゲームで10回の見事なパスカットに成功したのを見るにつけても日本人選手の伸ばさなければいけない方向を思う。

 「スキル」と言う言葉、表現が10年程前には随分とサッカー界では飛び交っていたのに、今は既に死語になっているのは、いったいどう言うことなのだろうか?日本サッカー界を横文字言葉がフリーランニングするのは、未だ世界のサッカーは遠いと言うことなのか。

(恪さん流の味のあるピリッとしたコメントを紹介したが、通訳が必要かもしれない・・)

次に前回も紹介したが現役の状況を付け加えておきたい。新入生が30名ほど入部して活気が出てきたが4月早々に関東大会の予選が行われ1回戦で横浜隼人高校に0−0のPK戦で敗れてしまったが、次は5月の連休に行われる、インターハイ予選、平行して行われるU―17リーグ戦そして冬の選手権一次予選と夏までに全てが消化され、新しいメンバーに代わってゆく。

この連休は湘南工科・東邦チタニュウム・等と練習試合をこなし6日から始まるインターハイ予選に備えている。新人の紅白ゲームもなかなか夢がありグランドに行くのが楽しくなる。何を中学で教えられたのか、どの子もボールを持つ事、こねる事は、お上手です、動く事、相手より早くコントロールする事、ボールを蹴る事、何も教わっていない・・・

「絵」の方であるが、今回は「湘南高校の校門」を描いてみた。いや古くからあるものを探してみたら、校門、赤木園銅像、樫の大木、此の位しか見当たらない、100年を越える古木を描くのは度胸が必要だった。やはり根元を描くべきだった、と思ったが、古くからある校門を入れなければ・・構図には苦労をした。倉岡さんの「宮島厳島神社」のようにさらっと描いてみたいといつも思う。併せて新緑の「茅ヶ崎中央公園」を紹介しよう。

「続中メール・NO19」

「新年度を迎えて・・・」           2007・4・4

 湘南高校サッカー部に新入生が入部してきた。先日合格発表があり「全県一学区」の結果が発表になり、かなりのサッカー経験者が入部を希望してきた。早速練習に参加させて「フィジカルトレーニング」の様子を見たが、卒業生の子弟を含めなかなかの「珠」が参加してきたようだ。「珠」と書いたのは磨けば光りそうな「生徒」が4〜5人いたので楽しみである。

 春休みに入り短期間の校内合宿を行った。インフルエンザが部員の中に流行してまともに練習試合のメンバーを組む事もできず、対「商大高校」戦も0−2の敗戦で清水監督も大分苦労しているようだった。合宿前に行われた「筑波大学付属」との定期戦も0−2で破れたと、ふがいない結果の報告を受けた。聞くところによると今回は60回記念の大事な区切りの試合だったと言うことである。

さて日本代表の方も、反町・オリンピック代表がアジア予選を戦った。こちらの選手達も結構頑張っていたようだが、レベルアップと将来の可能性を感じたのは私だけでは無さそうである。だがトップの「平山選手」が中心になるメンバー構成では世界を相手にするには多くの課題があるが、アジア予選はこれで一応は正解と見てよいだろう。

私の友人の相川亮一君の「コーチング日記、のメール」によれば監督の批判はしょうがないが、日本協会の責任者が「あの監督は駄目だ、止めさせろ・・・」そう言うような発言をするのは頂けない、選んだ以上はもっと協会サイドは協力するのが大事な事ではないかと言うてたが、まさにそのとおり私は「反町監督」は指導者としては有能な人物だと思うので、是非皆で協力して育てたいと思っている。

 続いて行われた、オシム・日本代表が横浜・日産スタジアムで「ペルー戦」を戦って、2−0の勝利に終わり結果は良かったがこちらも「イマイチ」物足らない内容であった。相手も例年に比べ力不足を感じさせたチーム力であり攻めの形に「ワールドクラス」を感じなかった。中村と高原の2人を呼び戻しての戦い方は理解できたが、得点は俊輔のFKからの2得点のみでこれといった攻めの形が見られなかったのは寂しかった。只パスの精度、質の良さは非常にレベルの高さを感じ、楽しみな選手が多く期待できそうである。

 もう一つ追加で先日「体育センターグリーンハウス」を使って国際審判員の「上川 徹氏」引退記念の講演を行った。県スポーツ課・県サッカー協会・邸園文化調査団、で主催・共催、の変わったイベントであり、あの建物を残そうと言う運動の一つとしてなかなか内容のある企画であった。講師の上川氏もW杯2002・日本大会、2006、ドイツ大会、へ最後の花道を飾った3位決定戦の主審を務めるまでの苦労話は大変参加者にも好評であった。蛇足であるが私の描いた「グリーンハウスの絵」をお礼に贈らせてもらった。

本来ならば5月5日発行予定のこの「中メール」であるが、4月スタートの関係から特別の追加でこの文章をまとめてみた。下手な「絵」の方も少し腕が上がったと人におだてられ、褒められる事が多くなったので、沢山描いているが、この道も数打てば当たる世界のようで何となく恥をかく事が少なくなってきた。最近は建造物に興味があり今回は「横浜国際競技場」(日産スタジアム)を描いてみた。

「上川 徹氏・講演の後記念撮影・2007318グリーンハウス食堂にて」

「鈴木 中作品・横浜国際競技場・F4」

「倉岡誠親氏作品・宮島厳島神社」

「続中メール・NO18」

「老人のスポーツ」           2007・3・3

 最近シニアのスポーツ活動が盛んに行われている。湘南のサッカー部OBも数チームで公式戦に参加している。素晴らしい活動だと感心している。先日横浜YCAC外人クラブと私の母校、現在の筑波大学OBとの親善試合を計画したところ人数が揃わずペガサスの応援を願い、両チームとも技術的にレベルの高い試合内容で楽しかった。試合後のクラブハウスでの交歓パーティーもて気持ちの良い会であった。(54回生の中村昭・鈴木信君・感謝・)

この試合は元々100年も前にさかのぼり日本へ最初にサッカーが伝わったのが明治・・年かに外国人船員から東京高等師範学校の指導者に伝わったと言う話から、ここの外人クラブと筑波大学のOBと親善試合をやろうと言うことになり毎年予定されているが、実施できない年もあった様である。今回104年目になるが、このような企画は世話人がちゃんとしていないと長続きはしないのでそのときの思いつきで実施する事は難しいと思われる。

幸い湘南OBの藤塚久雄氏(現・茅ヶ崎北陵高校教諭)が世話を焼いてくれたので今回は何とか実現したが、今後の事を考えるとなかなか難しい事であり、引き継いでゆく人の問題でもあろう。湘南高校も筑波大学付属との定期戦然り、前にも書いたが浦和高校定期戦等これからの事をどうするか残す為の方策を考えておかねばならないだろう。その為にはどうすべきか真剣に考えておかねばならない問題であろう。

老人のスポーツが今回のテーマであるが、サッカーを考えると70歳を過ぎると、走れない、蹴れない、競り合えない、現実を如何すれば良いのか、解決策は一つ、正確に短いパスをつなぐ、個人の技術レベルの高いサッカーで、一番楽しいことは、シュートをすること、パスをつなぐ事ではないだろうか?なるべく相手とぶつかり合わないでパスゲームが出来れば年寄りのサッカーは合格だろう。(但し50歳台が限度かもしれない・・)

 標題に老人のスポーツとしたのは、最近、水泳、ゴルフ、スキー、をやっているので膝に欠陥があってもこのスポーツは、相手との格闘技がないので何とか対応できている。特に水泳は体重の負荷が膝にかからないので体には非常に良いと思っているが、やはりスポーツであるので記録への挑戦が課題となってくるが?マスターズの大会へ・いずれその内・

 次にゴルフであるがここに書くほどの腕前ではないので、ひかえ目にさせてもらうが、このスポーツは練習が自分ひとりで出来る為、日常の練習に問題はないが、コースに出ても他人に迷惑がかからない程度に出来れば、お付き合いとしては良いだろう。只負けず嫌いの性格でどうしても夢中になるが結果は100を切れば良しとして、あまり欲張らないので進歩しないのが現実である。

さて最後にスキーであるが、良い年をして2月に2回(白樺湖・志賀高原・下記の絵)

滑ってきた感想であるが、年をとっても滑る事はできる、只緩斜面のみ。問題は転んだ時とスキーをつけて歩く時の筋力が全く衰えている事で、無理をしなければ何とかなると言うことが判った。上りはリフト・ゴンドラ、が運んでくれるので緩斜面を探して安全に滑ってくれば快適なスポーツと言えるであろう。(3月・北海道ニセコ・予定)

 幸い志賀高原で3日間滑って3回転んだが、無理して立とうとしないでスキーを足から外すのが一番楽だった。只緩斜面では満足できず、急斜面だ、コブだ、ポールだ、と若い頃と同じにやれば、たちまち骨折に繋がってしまうだろう。しかし若い頃かなり滑った経験者でなければお勧めできない限られた老人のスポーツかもしれない。

 最後に結論としては70歳代の老人のスポーツは方法さえ間違わなければ、大いにお勧めすべきものだと言って良いだろう。病院と医者に大金を使う事を考えるなら、健康のために、老人のスポーツのためにお金を使う事は結構な事だと思っている。そしてゴルフの19番ホール、スキーのアフタースキー、下手なお絵描きを楽しんでいるこの頃である。

「鈴木 中 作品 YCACクラブハウス・親善試合会場 奥志賀ゲレンデ・F4

「倉岡誠親氏 作品 宮島・厳島神社・大鳥居」

「続中メール・NO17」

「全国高校選手権大会」            2007・2・2

(まだ記憶の残っている標記大会の感想と「初日の出」を2月号として追加した。)

「盛岡商業高校の初優勝の意味するもの」・・・決勝戦が作陽(岡山)と2−1の素晴らしいゲームだった。技術的にはやや物足りなさはあるが、前回にも書いたように、国立競技場を満杯にする高校サッカーの正月の風物詩は、日本独特の意味深い結末であった。

この人気は地元チームや、常連高でなくても客が来るという、大人のサッカーよりも魅力のある、見ていて楽しい「歴史と伝統の高校サッカーの魅力」だと言っても良いだろう。

 そして優勝した盛岡商(岩手)「斉藤監督」が病気(喉頭がん)を克服して退職を前に全国を制した快挙は、私としても自分のことのように嬉しかった。決勝戦の45分ゲームを相手よりも走り勝っての逆転勝利は、雪の中を走って鍛えた体力勝ちの結果だろう。18年前に湘南が3回戦で盛岡商業に破れた時のことをついこの間の事のように思い出させてくれた。やはり高校サッカーは技術プラス・体力勝負が基本であろう。

 只新聞にも書かれていたが、決勝戦以外は40分ハーフPK戦の問題は至急に変えるべきであろう。関西から首都圏開催に変わってから早30年経ってしまった。その間本大会の参加チームが32校〜48校になり現在に至っているが、TV放映の関係でこのようになっているが、先ずは45分ハーフにして、延長戦をしてPK戦にするべきだろう。

 急には出来ない事は承知で書くが、不可能な事ではないので無責任に言わせてもらうなら、正月は16チームでトーナメントにしたらどうだろう、暮れに48代表(8〜12ブロック)の一次リーグ戦を行い、16チームに絞ったらどうだろう。世界のサッカー界の流れから、大会形式から見てもこの方法なら、高校3年間の集大成が選手にも関係者にも納得の行く大会になると確信出来るものとなるだろう。

 最近仕事MC(マッチコミッショナー)で試合を観る事が多いがアマチュアのトップの試合は非常にプレーがフェアーで数えるほどのイエローカードでいつも気持ちよく試合を評価する事が多いが、どうもプロの試合を見ると、試合前はフェアープレー旗を先頭に入場してくるが、見ていると悪質なファール、汚いファールが目立ち子供たちの悪い見本になってしまうプレーが多すぎるように思えてならない。

 最後になってしまったが新人戦中央大会が1月に行われ、2回戦対横浜南2-1の勝試合は小雪の中白熱したゲームで、両チーム技術的には未熟だったがそれなりに頑張り延長で見事なコーナーキックからの決勝点で勝利した。清水監督が厳しく指導しているキックが数少ないシュートチャンスに生まれたのは立派だった。続く対旭高校戦は技術的には、遙かに上まわる相手と互角の勝負であったが延長戦0-1で涙を呑んだ。敗れたが今後を期待できる素晴らしいゲームだったと報告したい。(結果については協会HPを見て欲しい)

「鈴木中作品・茅ヶ崎海岸・初日の出・光と影に初の挑戦」

「倉岡誠親作品・彫刻・ネンリンピック静岡大会・入選作・銅賞・Shall we ダンス」

「続中メール・NO16」

                「2007・新年を迎え」               2007・1・1

“明けましておめでとうございます”

又新しい年を迎えました。サッカー部OB諸兄姉にはこのメール通信で、年賀状に代えさせていただいています。古希を過ぎ公職から離れたので季節の挨拶状は失礼して出しておりませんが、お許し下さい。尚昨年春転居の通知を出しましたが、多くのOBの方は旧住所にお手紙を頂いていますので下記住所にご訂正下さい。

先ず私のメール通信について、色々ご批判もあるが、かなりの方から期待し楽しみにしている、と言うメールを頂いているので、もう暫く頑張って書きたいと思っている。

 昨年の暮れに行われた湘南高校の現役の試合を何回か観戦した感想と、(結果は県協会のHPに載っている)今後の活躍を予想し、併せて日本代表の試合を総括しながら筆を進めたいと思う。(湘南のグランドに立つのも46年目になってしまった)

昨年の暮れにU17のリーグ戦が3試合行われた。12月6日・対翠嵐高校2−1で勝ちの試合は終了前ノータイムに貴重な2点目を入れ、勝負強さを感じさせる試合だった。ゲーム内容は、やはりディフェンスの勝利だろう。GKが安定した事4人バックの力がついて来た事が勝因だと思う。中央の二人がもう少し安定すればと期待して見ている。

次週対西湘高校戦は0−0の引き分け試合だった。清水監督が試合後に激怒していたが、どうも湘南らしさを感じないゲームだった。普段の練習から来る雰囲気がそうさせるのか、勝敗の結果より、練習時のまとまり、雰囲気、チームワーク等の経過内容が問題になるような試合運びであり少し寂しく感じたのは私だけではないと思う。翌週行われた対大清水高校の試合も0−0で2006年の公式戦は終了したが、この結果から3部落ちしないで、来年も2部リーグを継続できそうなので、あきらめずに、また次に向かって精進して欲しい。

その後冬休みに入り12月27、28、29日に「・・フェスティバル」と言う大会形式の、交流マッチを数試合行ったが(対・大和南・北陵・金沢・正智深谷・武相)それぞれA,Bでテーマを決めて内容の濃い練習試合だった。さすが一日寒いグランドで観戦するのは大変厳しいものだったが、選手たちから僅かではあるがこちらの意図するものを表現しようとする姿勢が見えて来たので、楽しく3日間を過ごすことが出来た。

2006の日本サッカー界の大きな流れはW杯ドイツ大会の総括である。本大会で予選リーグに勝てなかった大きな理由は、日本協会が出したテクニカルレポートを全て読んでいないので、私の考えだけを書いて見たい。その一つは「代表チームのディフェンス」の問題だと思う。守り方の基本が出来ていない事、高さへの対応が出来ていない事、GKがワールドクラスで無い事等、が先ず上げられるだろう。

そしてCFといわれる「点取り屋が育たない事」、即ち点を取るという才能を子供の頃から育てていないと言う、課題が残っている。小野、中村、稲本・・・と言う中盤の選手が生かせない事、これはボールを持つ事、コントロールする事、こねる事ばかりを子供達に教えているので、点を取る選手が育たないという事だろう。この事はJリーグを見ればはっきりしている。点取り屋の横文字の選手がいるチームが勝つのがサッカーの常である。

さてJリーグを頂点としたピラミッド型の組織図が、果たして日本のサッカー界の構図として正しいかどうかを検討する時期が来ているのではないだろうか。この事は学校スポーツとクラブスポーツの問題、アマチュアとプロの問題につながる事だろう。アマチュアのトップがプロになる構図は諸外国では無理が無いが日本では問題が多過ぎると思う。

この事は明治以来100年続いている学校スポーツと最近出来たプロの予備軍のJユースの関係を、どのように整理するかであろう。そしてJFLのトップのアマチュアチームとプロ志望チームの混合のリーグ戦等をどう整理するかが大きな問題であろう。このように考えるとやはりアマチュアのトップとプロを結びつけるところに無理があると思う。

次に暮れから始まった全国高校サッカー大会を「三ツ沢」で観戦したので、高校のサッカー界を展望してみたい。先ず地方予選で勝ちあがった、地元代表桐光学園、東京代表暁星高校、久留米高校の地区予選、決勝の様子を見てレベルが低いと感じたのは、私だけでは無かっただろうと思う。本大会の開催都県として期待はしたいが実力が伴わないので、どうなるか心配をしていたが、やはり東京代表の両校とも1回戦で破れその後の応援スタンドが寂しくなってしまい、運営サイドも大変だったと思う。

 大会途中であるので1回戦の様子から見えてくるのは、技術的には劣るが実績と伝統のあるこの大会の意味は非常に大事な事だと思っている。特に問題になるのは応援体制であろう。高校サッカーはグランドだけの問題でなく、学校全体、地域、保護者、それらを取り巻く歴史と伝統の世界であって、世界にはまれに見る、学校スポーツの力が日本のサッカー界には残っている状況を自負すべきであろう。

この事はこれからも続く現象として考えられる事で、首都圏高校のレベルダウンは以前のように優秀な高校選手の多くが有名サッカー高校からJユースの選手として、マリノス、レッズ、フロンターレ、・・・等でプレーをする時代になってしまった。この事は予想された現象であるが、だからこそ学校スポーツの魅力と意義を再発見しなければいけない時期が来ていると言えるだろう。そして又高校サッカーが見直される時代が来るだろうと私は期待して見ている。そしてプロフェッショナルと言う意味を日本のサッカー界が再確認する時代が来ていると見ている。

さて今年も懲りずに下手な「お絵描き」を続けるつもりであるが、やはり3点セットの「湘南の海」(江ノ島・烏帽子岩・富士山)、を描き続ける予定である。「水彩画」は一番難しいと言われているが、確かに上塗りが出来ず修正が効かないので苦労をしているが、素人なりに今回は「光・影」に挑戦してみた。陰影の難しさを肌で感じた作品である。プロの倉岡さんの作品と比べると雲泥の差があるが、其の内何とかなるだろうと思っている・・

新住所・253-0052・茅ヶ崎市幸町7-5-404・TEL0467-83-3234・  鈴木 中

メールアドレス・s-cyu@m6.gyao.ne.jp

「鈴木中作品・(箱根・早川)(茅ヶ崎海岸・烏帽子岩)光と影」

「倉岡誠親作品・(兵庫県・旧トーマス邸)(高野山・奥の院)」

「続中メールNO15」

「・ひとりごと・・」            2006・11・11

前にも書いたが11月11日は「イレブンデー」と言ってサッカーの世界では昔から色々なイベントが計画された、私にとっては思い出の多い一日であった。

最近はどこへ行っても楽しい事が少なくなり、腹の立つ事ばかり「歯軋りすること・つぶやくこと」が多くなってきた。老人の仲間入りをしてきたのか・・・

 昨年「古希」のお祝いを卒業生の皆さんで開いていただいたが、あっと言う間に一年が過ぎてしまった。正に「光陰矢のごとし」一年経つのが本当に早い。高校生活の3年間も本当に早いと思う。先日入学したと思っていたら、もう卒業すると言う。実質2年間の部活動、毎日を大事にして欲しいと願っている。

 現役の試合を時々観戦するが、個々の技術は進歩しているがサッカーそのものはあまり進歩していない。この秋は「U-17のリーグ戦」「新人戦湘南地区予選」の戦い方が気に入らない。当然勝てると思われた1-0でリードしていたゲームを後半最後のロスタイムに1点取られて引き分けてしまった・・

しかしその後の戦いを見ていると少しは進歩のあとが伺える。地区予選を勝ち上がり中央大会には多分行けるだろう・・・

 湘南のグランドはトンボをかけて良く整備され高校の土のグランドとしては県内で1,2とも自慢の出来るピッチだと思っているが、グランドの周りがごみの山だ、体育祭の残骸です、定時制が通信制が残したものです・・・そんな状況を見ているとサッカーの話をする気持ちも起きなくなってしまう・・・

 湘南地区の校名 藤沢総合高校(長後・藤沢北) 藤沢工科高校(藤沢工業・大船工技) 翔陵高校(藤沢商業) アレセイア高校(平和学園)間もなく(大清水・藤沢女子高合併予定)少子化に伴い学校の合併で新しい学校の誕生、古い学校が無くなり、私学のネーミングのイメージチェンジ等学校名が変わる、無くなると言う話を聞くにつけ・悲しくなる・・・

 老人と言われるのが嫌で年甲斐も無くボールを蹴っていたら、やはり膝に負担がかかりドクターストップになってしまった。サッカーと言う競技は相手に勝たなければいけない格闘技である。相手より早くプレーし、そして強く競り勝つのがサッカーの楽しさだと思う。やはり年寄りのスポーツでは無さそうだ。

あきらめて今は「スイミング」に凝っている。しかしここにも悩みがある・・・

 水泳のキック・ビートはサッカーのキックと全く異質のキックであって足首を硬くする蹴りと柔らかくする蹴りの違いである。一言で言えば簡単なことだが長年身についた足首の硬さは「キックのメカニズム」即ち脳が記憶してきたものを逆転するという作業であって大変な努力が必要になる。そこで技術の習得は素人の方の進歩が早いと言う理屈が成り立つ。だからスポーツの技術は変な癖が身に付く前に正しいものを教えなければならない・・・30年振りの水泳で今まで使われなかった筋肉を使うので体中が痛い毎日である。

U-16「国体少年の部」神奈川県代表は2回戦で敗退。 U-18で37年間続いた思い出の多い国体少年の部が今年から中3・高1の出場するカテゴリーに変わった。このことへの対応が早く準備の出来た県の結果が良いだろうと予想されたが、やはり早くから対応していたのだろうと思われる、県代表がベスト4を占めた。開催地兵庫・千葉・沖縄・石川が勝ち残り沖縄と千葉が同時優勝した。暫く何処の県が勝つかわからない状態が続くだろうと思われる。

思い出と言えば数多くの「体育センター・グリーンハウス」の思い出は多い。以前にも書いたS37年「東京オリンピック時の・クラマー・日本代表合宿」。S45年頃「神奈川県国体少年選抜合宿」、S50年代「湘南高校サッカー部合宿」、S56「全国高校総体」本部等々「玄関前」「南庭側」その風景は今も変わらない。建造物としての価値は判らないが・「クラブハウス」として是非残して欲しい・・

絵を描いていると「つぶやき・ひとりごと」が多いが、下記の「グリーンハウス」のスケッチをしていると過去の選手の楽しい思い出がいっぱい出て来る。以前は海へ行くと空気が美味い、深呼吸をすると長生き出来る様な気になった。

空を見上げ、富士山を眺め、遠くに江ノ島を描き、烏帽子岩を見ていると、何か幸せな気持ちを味あう事が多かった。最近特に休み明けの海岸は「ゴミの山」で「深呼吸」をする気にもならない・・・ぼやくことしきりである・・

しかしこの頃は火曜日に海岸に行くとすっかりごみの山は無くなり、気持ちの良い海の空気が戻ってくる。茅ヶ崎市の行政側は莫大な金を使い、その努力は大変なエネルギーだと思う。毎週繰り返されてゆくこの現象を見るに付け・・火・水・木に海岸へ「お絵描き」に行くことしている。湘南のグランドの周りの「ごみの山」はどうなっているのだろう?学校も金を使わないと駄目な時代になって来たのかな・・・

先日久しぶりに「岩さん・故岩淵二郎先生」の墓参りをして来た。大庭霊園で未だ墓参に来てくれる方の後があり、ほっとして帰ってきた。直ぐ後ろの「石川一成先生」の墓もお参りして、湘南の古きよき時代の素晴らしい先生方を思い出すにつけ、教育界の今の様子を嘆くことばかり・・「ひとりごと・完」

「体育センター・グリーンハウス・正面・南側」(鈴木中作)

「果物・英国旅行・スケッチ」(倉岡誠親先生作)

「続中メールNO14」

「夏の菅平合宿」              2006・9・9

 冬の第85回全国選手権神奈川県予選が予想に反し、まさかの2回戦で敗退してしまい夏休みに入り直ぐに3年生は引退してしまった。7月末からの「菅平合宿」は予定を変更して新チームのスタート合宿になってしまった。来年の事を考えると結果的には良かったかもしれないが、指導者側は苦労の連続であった。

 新1年生と2年生は今まで全く主体的に動くことは無く、3年主体のチームの中で金魚の糞のごとく只黙って付いていたところが、予選で敗れた次の日から突然主体的な立場に変わり、直ぐにそこから合宿に突入した。パスだキックだトラップだと言うその前に、合宿生活の為の基盤が出来ていない・・・

 ユニフォームがありません、ボールが無くなりました、ゼッケンを忘れました、食事が出来ません・・・一時が万事合宿生活の基本的習慣が出来ていない。そんなことは判っているはずだと、毎日のように怒鳴りまくっている「清水監督」は血圧が上がるばかり・・中爺が噛んで含んで諭すことばかり・・

 幸いに事故も無くOB(41回相羽・63回須藤・コーチ鈴木・GKコーチ高橋)の協力を得て何とか終了することが出来た。予想に反し練習試合3試合の結果もまあまあで最終ライン・GKのメンバー予想が出来、そこそこのチームになれそうな気配を感ずることが出来たのは収穫であった。

 涼しい菅平で孫のような高校生と4泊5日の生活を共にして感じたことは、時代は変わった、信じられないことが起きる、親の過保護の中で育ってきた高校生と言っても中学生に毛が生えたような物、小学生がちょっと大きくなったような物、影にお父ちゃん、おかあちゃん、が居ないとサッカーも出来ない・・

 さてそんな状況下で面々と続いてゆく高校サッカー・湘南高校サッカー部はどのようになって行くのだろうか・・心配する事は無いと思っている。直ぐに親離れ・子離れ・はしてゆくだろう?必ずや歴史は繰り返すのが世の常である・・早速新チームの試合(U−17)が始まる、これは大事なリーグ戦である。

 U−17の2部リーグ戦は8月27日対金沢総合高校の試合が行われた。Bブロック7チームによる総当りリーグ戦である。一戦一戦が大事な試合である。結果は3対0で勝つことが出来たが、今後を占うには良い結果だと思っている。12月末まで続くこの試合を期待して欲しい・・・(協会HPを見て下さい)

「合宿参加OB・合宿・朝練習風景」(写真)

「鈴木中作品・W杯ミュンヘン宿舎前(F4)」

「倉岡誠親氏作品・ロンドン旅行スケッチ」

「中メール・NO13」

「W杯ドイツ大会観戦記他」            2006・7・7

 前回は現役の関東大会予選がベスト8どまりで涙を呑んだ報告をしたが、その後すぐに行われた、インターハイ県予選は2回戦対浅野高校戦延長PK勝ち、3回戦逗子開成高校に5-0で勝ったが、4回戦では横須賀学院高校にまたまた延長1-0の辛勝だった。ブロック決勝の日大藤沢高校戦は2-4の完敗で終わった。 

その後の大会結果はW杯と重なり観戦していないので協会のHPを見て欲しい。

 前にも書いたが湘南の今年のチームはとにかく守りが中心で、ディフェンスが〇点で抑えれば負けは無いというトーナメントの勝ち方を知っている良いチームに仕上がった。只悲しいかな点の取れる選手が居ないので何とか全員協力で1点を取って勝ち上がることが出来ればという戦いで、見ている応援の人達はひやひやの連続だったと思う。

 残念ながら敗れた対日大藤沢の試合は終始相手ペースでディフェンスミス,GKキャッチミス、オフサイドトラップミスで防ぐことの出来る失点だったが完敗で涙を呑んだ。取った2点はCKから見事なヘッディングシュート、中央からのクリーンシュートで素晴らしい得点だった。言い訳になるが前期中間テストの真っ最中と聞いてうなずけるコンデションだったのは残念である。

 さて敗れてしまったが、3年生はまだこれからメーンの「高校選手権予選」が控えている。毎度言ってきたがこの大会を経験しなければ高等学校のサッカーの集大成として悔いが残ると言っても過言ではないだろう。最近は体育祭があります、予備校があります、・・・がありますと、こんな大事な経験を自ら捨ててしまう選手がいるのは情けないが、価値観の違いを「爺」がわめいても致し方ないので残る人間だけを相手にしようとあきらめて筆を進めている。

 冥土の土産にと思って6月17日から9日間ドイツに行って・日本vsクロアチア・イングランドvsスウェーデン・アルゼンチンvsオランダ・日本vsブラジルのゴールデンカードを観戦、サッカーの醍醐味を存分に堪能してきた。結果については皆さんご存知なので、私なりに感じてきた日本チームの・過去・現在・未来について書かせてもらうことにした。

先ず日本の戦い方について、フランス大会・日本大会・ドイツ大会と3回の大会を見てきて、岡田・トルシエ・ジーコ、と比較しながら、試合内容や結果はともかく、世界と戦えるレベルまで来たと言っても良いだろうと感じたのは私だけではないと思う。フランス大会で初めての出場で涙して君が世を歌った感激とは違う「世界の仲間入りが出来たかな?」と言う感触を掴めたようだ。

「中さんそれは甘いよ」という人は沢山居ると思うが、20年前に高校生の代表を連れてデュセルドルフの大会に参加した時と、今回の代表チームの戦いを見て比較すると隔世の感があるが、時代の流れとは別に確かに進歩は見られると思う。それは戦い方とか技術・戦術・の事より「世界の中の日本」と言う事を肌で感じることが出来た。即ち日本のサッカーが1人前に近づいて来たかな、インターナショナルになったと言う事なのかも知れない。

特に大会の前に行われたドイツ戦では2−2のドローであったが、高原の2得点で精神的にも、戦い方によってはかなりやれるぞと言う錯覚に陥ってしまった。しかし冷静になって考えてみれば,FKからの2失点は日本の弱点をさらけ出し、オーストラリアもクロアチアもここを突いてくるのは明白だったが、やはり高さと、パワーそしてヒディング魔術にジーコは敗れた。

日本の戦い方について私なりにジーコ批判をすると、「自律」を表面に打ち出して選手の自主性を期待しながら、自分流を貫いてゆく方法は一見日本人向きのやり方だが、一度チームが崩れて来た時どうするのか期待して見てきたが、やはりトルシエとその辺は変わらず無責任に、選手のせいにしてしまう外国人特有の逃げの姿勢は変わらないと思った。

多分予選リーグ落ちで決勝トーナメントは厳しいだろうと思いつつも、16トーナメントのチケットを確保してドイツに臨んだが、使うことなく帰路に着いたがやはり世界の中ではまだまだBクラスであるという現実を冷静に受け止めなければならないだろう。4年後の南アフリカを見据える時、次はアジア予選を勝ちあがれないのではないかという危惧を抱くのは私だけではないだろう。

JFAが打ち出した「DOREAM」計画で10年後の夢がベスト4ならばもっと抜本的改革をしなければ駄目だろう。フランスを真似して福島に作ったアカデミーがどう育つのか期待して見ているが、日本の風土に合ったものが簡単に根付くのか心配している一人である。明治100年強く育ってきた学校スポーツとの組み合わせをどうするのかが見ものである。・・日本のサッカー界の永遠のテーマになるだろう。川渕ジャパンの時代は終わった、次期リーダーに期待したい。

「祭りは終わった」

ブラジル戦の後、悔しさを噛みしめながら帰国の途についたのが随分と昔のような気がするが、帰ってきてから連日のようにある決勝トーナメントがドイツで見てきたものと一味もふた味も違うサッカーのような気がしている。

当然の事でノックアウトの戦いは勝負が第一で負けないサッカーの厳しさを見ながら寝不足な目で世界とのレベルの違いを思い知らされている。

 今回のツアーについて少し触れておきたい。JTBの小沢君(53回)とかなり前から企画をして来たが、湘南のOB関係(10人)、協会の賛助会員、私の友人、そして小沢君の静岡時代の関係者等々・・話を聞いて人数が増えて10人位でと思っていたら30数名までのサッカーキチの集団になってしまった。事の成り行きで「団長」にされて結構内容のあるツアーだったと自画自賛している。

 帰りの機内でメモを回してベスト4の予想を出してもらったところほとんどの人がブラジル・ドイツ・イタリア・イングランド・アルゼンチン・ポルトガル等の名前を挙げたように順当にこれらの国が勝ちあがった。只ブラジルに隠れてフランスを予想した人が誰もいなかったのは意外だった。理由はいろいろあるだろうが技術とか戦術を語る前に「ワールドカップ」は歴史であり、戦争であり、国民性、気候、風土であって、チェコやスペイン、ガーナやエクアドルは力がありながら勝ちあがれない理由がわかるような気がする。

 今回はさむらいブルー・・・のユニホームを着た集団の中に入り一緒に行動したが日本人のおとなしさは世界と比較するとまだまだ応援スタイルは身についていないようだ、町の中で大声を出して歌う「共通の歌」も無く静かに相手の大合唱を聴いていることが多かった。サッカーと言う文化で世界の中に一歩足を踏み入れたかなと言うのが偽らざる感想である。   完

(今回はワールドカップ観戦ツアーの集合写真にしました)

1、「日本対クロアチア戦」

「2006・FIFA World Cup Germany・6・19・Nurnberg

2、「日本対ブラジル戦」

「6・23・Dortmund

「続中メール・NO12」

「シーズン開幕」             2006・5・5

 湘南高校サッカー部現役の2006シーズン開幕は「関東大会2次予選」から始まった。春休みの「スペイン遠征」の成果が問われる「遠征報告」は別紙(相羽克治氏記載)にあるように、選手達にとって大変内容の濃い思い出に残る遠征になったと想像している。

大会試合結果は2回戦対平塚学園1−0の勝利だったが、随所に成長の跡がみられ、辛勝であったがよく勝ち上がった。

 3回戦で桐光学園高校を破った対川崎北高校との試合はなかなか見ごたえのある試合で結果は延長PK勝ちであったが、ディフェンスが安定してきたので安心して見ることが出来た。清水監督の守備の指導は高く評価できるだろう。このラインで勝ち上がれるかどうか期待して見ていたが、点取り屋が居ないので苦労しながらベスト16まで勝ち上がった。

 続く4回戦座間高校の試合は互角であったが最後は体力勝負、集中力勝負でよく頑張った湘南の勝利は久し振りに中央大会への可能性を期待させた。このメールが発表される時には結果が出ていると思う。準々決勝の対秦野高校の試合は見ることが出来なかったが、1対2で涙を呑んだ報告を受けた。ベスト8は立派な結果だろう。

 県内210校を超える参加校の中でベスト8まで勝ち上がるには想像を超える多くの壁があり、そこを乗り越える努力には頭が下がるが、運も味方されないとこのような成果は生まれないだろう。この結果は次の総体予選の組み合わせに大きくプラスになり、続く選手権のシードにも影響されるので、大きな成果でありこれからの試合が楽しみである。

 秦野に敗れた報告をJFLのMCをしながら、駒沢のグランドで聞かされたが、冷静にサッカーの勝負と言う事を考えた時大人の試合でも1点を争う勝負では、なりふりかまわないで守るチームが勝利をものにするのでは無いか、又高校生では昔の名前、伝統の力が生きてくるのか、その日に東京都の代表が帝京高校になったと聞かされた時ふとそんなことを感じた。今年は良い報告が出来るかも知れない・・・

 さて前々回(ワークショップに参加して)の中で紹介した、県立体育センター・グリーンハウスを訪ね、下手な写生をしているが今回は4月末に描いたものを載せることにした。昭和50年代のOBは何回か合宿をした場所なので、懐かしく感じる方も沢山居ると思うが、是非この建物を良い形で残して欲しいと願いながら筆を進めて来た。今回は描いたものを、写真に収めパソコンで送る事に挑戦して見た。

「私の作品・2点」

「倉岡先生のスケッチ・作品・2点」

「続中メール・NO11」

「湘南高校サッカー部の方向性?」         2006・4・4

 3月末に「第59回筑波大附属高校・定期戦」が行なわれた。結果は6ー1で湘南の大勝で終わり、面目を保てる試合であった。今年のチームはかなり期待できるのではないかと古いOBからお褒めの言葉を頂ただき、OB戦を含め稔り多い交流試合であった。今後もこのような行事を続ける事を是非お願いしたいと思っている。併せて中断している浦和高校との「定期戦」の復活を強く要望したい。

 チャンピオンを争う「高校選手権大会(関東・全国)」も大事にしたいが、「定期戦」と名の付く試合をもっと大事にするべきだろう。湘南高校はプロ選手の予備軍を作る場所では無いだろう。これからの日本を背負う人材のサッカー集団が目指すモノは何だろう?同じような目標を持つ学校と交流しお互いに吸収する事は大事な事だと思っている。

 今年も3月末〜4月にかけ春休みを利用して「スペイン遠征」を実施した。残念ながら私は参加できなかったが、この原稿が発表になる頃に帰国の予定になっている。選手団・団長代理で41回相羽君が帯同してくれた。多分稔りの多い遠征報告を聴く事が出るだろう。スペインには無い日本の学校単位のサッカーチームが古い伝統ある町のクラブチームとの交流試合はお互いに吸収する物が沢山ある事を生徒達は実感できただろうと想像している。

 この遠征には海外在住のOBも参加してくれた様だ。チュニジア大使館に医師として勤務している41回黒澤君、英国留学中(サッカービジネス学を大学で勉強中)73回勝俣君が陣中見舞に来てくれる事の報告を貰った。色々な意味でこれからの湘南サッカー部の卒業生がインターナショナルに育って行くためには続けたい行事である。

 さて私事で恐縮だがこの3月末で(社)神奈川県サッカー協会の会長職を定年で退任した。

公のサッカー生活とはここで一つの区切りになるが、これからは子供達のサッカー・年寄りのサッカー・公的には暫くJFL(日本フットボールリーグのMC(マッチコミッショナー)の仕事をしながら、好きな、下手な「絵描き」の生活に専念したいと思っている。

 尚予てから予定していた老後の生活を、4月から茅ケ崎駅南口・5分のマンション生活に変わることになった。お近くに来られた時は是非お寄り下さい。

〒253−0052 茅ケ崎市幸町7−5−404 電話 0467−83−3234

Eメールアドレスも変更予定です。

「私の「スケッチ」は昨年の作品を載せた」

「倉岡先生作品」(昨年のヨーロッパ旅行の作品)

「続中メール・NO10」

             「ワークショップに参加して」         2006・3・3      
 今回は何時もと趣の違う内容になるが、これも私のサッカー協会・会長として最後の仕事であるので書かせてもらった。特にOB諸兄は夏の合宿で宿泊した思い出の場所になるので、この運動に積極的に参加して欲しいと思う気持で…。

「グリーンハウス保存再生プラン…ワークショップ」

 神奈川県の教育委員会が昨年から「歴史的建造物の保存再生」「相模湾沿岸を考える」等、昔からある良い物を残して行こう、と言うねらいでこのような活動が行なわれている。前者の中の一つ「県立体育センター・グリーンハウス」を文化的な建造物の立場から残さなければと言う,建築学の専門家、建築学科の学生、等が多く参加して真剣に取り組んで来ている。

 このような活動に私が呼ばれたのは「グリーンハウスを残そう」と言う呼び掛けである。この建物はもともとゴルフ場のクラブハウスとして使われた物が、戦後サッカー場として使うようになり、昭和37年(1962年)「東京オリンピック」のためのサッカー日本代表が合宿をした時、合宿所として使用した歴史的建造物であった。その頃湘南高校に赴任した私もお手伝いをした懐かしい場所である。

 その時ドイツから招聘した日本代表の監督が「デトマル・クラマー氏」であった。彼はそこで芝生のグラウンドを要求し関東地区にあったグラウンドと選手が泊まれるクラブハウスのある施設を要求された。それがこの施設(旧体育センター)である。2002年W杯開催の時、神奈川に来られ「グリーンハウス」を懐かしく見て帰られた。(その時神奈川県サッカー協会に来られ講演をして頂いた)

 建築物としての価値は私には解からないが、その後も神奈川県のサッカー国体選手の合宿、高校生の合宿、数多くの競技大会等、勿論陸上競技場もありクラブハウスとして多くの人達が利用した「玉屋食堂」も亡くなられた先代の親父さんから二代目に代わり、現在も続いてお世話になっている。是非是非これからもスポーツ施設のクラブハウスとして存続して欲しいと願っている。

 ついでに私の夢であるが、最近話の出ている指定管理者制度を利用して今ある県立体育センター・サッカー場を全て人工芝にして神奈川県サッカー協会が、管理して行くことは可能な話ではないかなどと言う夢を画いている。近い将来そんな夢が実現するかもしれないと…・

「理想的な茅ヶ崎の浜から相模湾沿岸を考える・・ワークショップ」

 さてもう一つの運動は、私の住む「茅ケ崎市」の海岸の景色がマンション建設の為に変わってしまう。是非それを阻止しようと言う運動である。

 1月25日バルーンを挙げて景観シュミレーションを実施した。アドバルーンを地上45mの高さまで上げた景色を描いたものが、「私の下手な作品である」。この冬は何時もの年より、茅ケ崎の海岸から見た富士山が綺麗なので、素人画家の私も暖かい日に時間を見つけて描いているが、だんだんと景色が変わり「海岸と富士山」を一緒に描く事が出来なくなって来た。

 最近は「柳島」まで行って馬入の河口〜湘南平〜富士山を描くがこれも平塚の町の高層ビルに視界がさえぎられる。自然を描くよりビルを描くエネルギーは大変だ。今更このように反対運動をしても・・と思うが、でもこの美しい「湘南の景色」を見えなくしてしまう事は情けないので、少しでも役に立てばと願いここに載せてもらった。

 ここで本題である湘南高校サッカー部現役の話になるが、新人戦中央大会はベスト16で法政二高に0−3の完敗であったが、内容は悪くなかった。前の試合が延長戦で連戦の疲労があり,スタミナが急激に落ちると技術が発揮できなくなる。この経験は過去にも何回も繰り返しているので、この課題を乗り越えて次に向かって欲しいと思っている。

 3月末に行なわれるスペイン遠征であるが、ほぼ計画もまとまり準備万端整ってきた。一昨年は「団長」と言う立場で参加したが、今年はスケジュールの調整がつかず、OB41回生「相羽克治氏」に代行してもらう事をお願いした。

このような行事を学校が主体で実施するのが難しく、教育委員会はおそらく許可しないので、OB会、父母会、が主