ガンさんから手紙の指導

27回生  栗原 克夫

 「あれからもう30年もたってしまったんだなあ」と心の中で呟きながら、一人で居間に座し遠く懐かしい青春に想いをはせて気持をしづめ瞑目しておりますと、不思議にも時の流れをいつの間にか超えておりました。
 太陽の輝く青い空の下、真黒に日焼けした埃と汗にまみれにまみれた、イレブンの顔、顔、紺碧の空の色をそのままに映したユニホームが動き廻る、ただひたすらにボールに喰いついてゆく姿、一点差、敗けている、時間がない、焦りが胸をしめつける、早くやれ、頑張れ、目の前に大きなボール、よしシュートだ。アア、足が動かない‥‥汗びっしょり‥‥。 ハット我にかえる。そうだ、ここ30年来仕事で疲れた時に見る夢だ。
 昭和26年春、教育大附属高校との定期戦に敗けた時の夢だ、その時迄ずっと勝ちつづけてきた定期戦に私が主将になったとたんに敗けてしまった。この時の悔しさと申し訳けなさとが今でも重くのしかかっているのでしょうか。
 私が大先輩岩渕さんから手練で指導を受けつづけたのはこの試合の後からでした。当時、岩渕さんは東北地方の片田舎にお住いでしたので速達でやりとりさせて頂きました。最初にいただいた手続は今でもよく覚えております。岩渕さんによれば、昨年度のチームは全国制覇が可能な実力のある大型チームであったが、今年は技術面でも、体力面でも劣る小型チームだから大きな事は望んではいない。と、そこで練習は基礎技術の修得に努めること、例へば、自分がコントロール出来る転囲内に全身どこを使ってもかまわぬから、ストップ出来るようにする事、サイドキックによるシュートパスに時間をかける事。バックスのキックは短めでよいから、目的地点に正確におとす事、シュートはゴールの枠内に低めのボールを集めよ。等々。その他詳細な指示があり繰り返し練習するように、そのうち機会をつくって見に行くとの事でした。又心配することはない湘南は夏休みの合宿練習後は見違える程強くなるのだからと励ましの言葉が添えてありました。このご指示に従って、新入生を混じえて練習にはげんでおりました。この間学校の近くにお住いの、小田島さんはじめ、諸先輩にいろいろとご指導涙きました。
 ある日のことでございます。いつものように放課後グラウンドに行きますと、巾の広い濃紺の縦縞模様のシャツを着た、やや小太り気味の人がゴールの側に立っているのではありませんか、何の前触れもなく突然やって来られたのです。ビックリ仰天。コリャ大変だ。「いつものように練習しなさい」といったきり、だまってにこにこして見ているだけ。昨年までの怖い印象はどこえいったのか。いったいどうしたことか、そのうちにどなられるのではないか。私は試験官の前に立たされた気の小さい受験生のような気持でした。
 その後、しばらくして、長い長い手紙が釆ました。練習方法の一部改善と練習内容に関するもので、練習は実戦に即したものになっていました。又各人一人一人についての注意事項も書かれておりました。
 ついに国体予選を兼ねた県大会がはじまりました。第一試合はY校戦、湘南グランドで雨の中の泥んこゲームです。押しに押し、攻めまくっているのですが、なかなか点が取れません。私は敵陣ゴール前の混戦で無理な姿勢でシュートしたため仰向けに倒れ逆手をついたところを敵のバックスの1人が私の左肩の上に落ちて来ました。その瞬間左手首を骨折してしまいました。すぐさま退場させられ病院につれていかれました。当時のルールでは欠員を補充出来ません。私は治療のことよりも試合の方が心配でなりませんでした。石膏でかためたギプスをするやいなやすぐにとって帰りましたが試合は終っていました。『勝ったよ』と聞いてほっとしました。さて、これからどうしたらよいか、私は全治40日の負傷です。県大会出場はとても無理です。誰を補充すべきか、ポジションを替える必要ありやなしや、3年生諸君の意見はどうか。等々すぐにやらなければなりません。その晩、痛みに耐えながら窮状を岩渕さんに書き送りました。返事はすぐにとどきましたが、いたって簡単なものでした。Y校に勝った事が何よりとのことで岩渕さんによれば、Y校は強敵の一つだったとのことでした。私がぬけたくらい何でもない。今のチームが全力を発起すれば充分やって行けるとの事でした。私には精神的な面でのアドバイスがありました。その後も試合の模様や次の対戦相手等詳細に書き送りました。その都度適切なご指示をいただきました。私は指示をくりかえし練習に取り入れるように努めました。私は精神的に落ちつきをとりもどし、我がチームを漸次冷静に見ることが出来るようになりました。3年生を中心にして部員全員が岩渕さんの教えをまもり努力して頑張ってくれました。全員が己を高めると共に、互に励しあい助けあい補いあって、練習に又試合にのぞんでくれました。そのかいがあってお陰様にて何とか、神奈川県で優勝することが出来ました。これは今は亡き大先輩岩渕さんのご指導の賜物とそれに続く諸先輩が築かれた良き伝統のおかげであったと感謝しております。
 あの怖いけれども本当は心のやさしい、懐かしさがこみあげてくる「ガンブチ」さん、私達を深く愛し、慈しみ育てて下さいまして本当にありがとうございました。