鎌倉付属と湘南サッカー

                   17回生  保利 恒一

 私とサッカーとの出会いは、小学校3年生から始まる。当時の神奈川師範附属小学校(現、横浜国大附属鎌倉小)に在学中、教師の見習として教壇に立っていた所謂教生の先生に手ほどきを受け、授業の始まる一時問位前に登校して、小野兄弟達とボールを蹴ったものである。湘南に入学して、ある先輩の強い進めにより、バスケット部に席を置いた。処が1年の夏休みの前であったか、当時のサッカー部長香川先生から「附属小学校から来た者は、全員サッカー部に入れ」との強引な指示を受け、止むなく、サッカー部に入部したわけである。
1年の時の強烈な印象として未だに忘れられない事は、12月の神宮で行われた全関東の試合である。私は一年からレギュラーにされ、サイドハーフをやらされた。試合そのものの内容は余り覚えていないが、朝日新聞の主催であった為、当時の朝日スポーツに“湘南の保利は、若干1年と云えども‥・・・・云々”との個人評を書かれた事である。また当時は3年生迄のチームを作って、神奈川県のトーナメントも行われており、此の試合に於ても我々は、県下敵無しであったと記憶している。好適手であった小田原中学の露木君とは、先日も旧交を温めた許りである。
 同期の仲間のポジション等は、カッパ(河西)が紹介したので省略するが、我々の仲間は、当時をふり返る時、湘南サッカー部全盛時代の礎を築いたのは、我々だと自負していると思う。何れにしても、サッカー部を通じての友人は未だに言いたい事を言える仲間であり、年令を忘れさせてくれる仲間でもある。